中東かわら版

№77 アフガニスタン:ターリバーンとの和平交渉が開始

 2020年9月12日、カタルの首都ドーハで、アフガニスタン和平交渉(以下、和平交渉)が開始した。開始式典には、カタルのムハンマド・ビン・アブドゥルラフマーン副首相兼外相、アフガニスタン政府のアブドッラー国家和解高等評議会議長、ターリバーンのバラーダル副指導者兼カタル政治事務所代表、及び、米国のポンペオ国務長官が出席し演説した。日本を含む主要国、並びに、国連やイスラーム協力機構(OIC)等の国際機関代表もオンライン演説し、多くの代表らが口々に「歴史的な日」と述べるなど、アフガニスタン国内外の高い関心を集めた。

 アブドッラー議長は演説の中で、このまま戦闘を続けても勝者はいないと述べた上で、対話を通じた政治的解決の重要性を訴えた。また、ターリバーンに対して、国民が希求する人道的停戦に応じるよう呼びかけた。一方でターリバーンのバラーダル副指導者は、自由で、独立し、繁栄した、イスラーム統治に基づくアフガニスタンを実現するとの意気込みを示した。

 13日夕刻からアフガニスタン政府、及び、ターリバーンの両交渉チーム間での実質的な協議が開始された。今後の日程や進め方については協議の中で決定される予定だが、双方が発表した両交渉チームに関する指揮系統と組織構成は下図の通りである。

 

図 アフガニスタン政府・タリバーン交渉チームに関する指揮系統と組織構成

 

(出所)公開情報をもとに筆者作成。

評価

 今次交渉は、アフガニスタン紛争の終結に向けた重要な一歩である。アフガニスタンでは1978年のサウル革命(人民民主党青年将校らによる共産主義革命)を皮切りに、40年以上の長きに渡って紛争が続いてきた。ボン合意(2001年12月5日)以降もターリバーンによる激烈な抵抗運動には陰りが見えず、最大時14万人以上が駐留していた米軍も完全撤退へ向かう中、アフガニスタン紛争の軍事的解決は不可能だとの合意が当事者間で形成されつつある。このため、対話を通じた政治的解決は同国の紛争を終結させる唯一の道だといえ、今次交渉の開始によってその第一歩を踏み出した意義は大きい。もっとも2015年7月7日にマリー(パキスタン)で、アフガニスタン政府とターリバーンの代表団は和平交渉をしたことがあり、今次交渉が史上初の和平交渉というわけではない。ただその際、ターリバーン創設者のムッラー・ウマルの死が公表されたことを受けて交渉は即座に中断し、中身を伴う議論に至らなかった経緯を踏まえると、やはり今次交渉は類例を見ない出来事だといえる。

 他方で、今次交渉における主な争点は、①停戦、②統治・司法のあり方、③権力分有、④女性の権利等の多岐に渡り、いずれの争点の決着も容易でない。①に関し、アフガニスタン政府・国民が最も強く望むことは、アブドッラー議長が述べる通り停戦の実現である。他方で、ターリバーンにとって軍事力は限られた交渉の梃子であり、ターリバーンがこれを易々と放棄するとは考えられない。実際、式典当日、ターリバーンはアフガニスタン全34州の内18州で激しい軍事攻勢を仕掛けている。停戦の実現には、それに釣り合う利益をターリバーンに付与することが不可欠だろう。また②に関し、ターリバーンは「イスラーム統治」の実現を掲げているが、一方のアフガニスタン政府は西欧で生まれた統治・司法のあり方を重視しており、両者の溝は深い。③に関し、近現代政治の展開を踏まえれば、北部同盟を中心に構成されるアフガニスタン政府と、対抗勢力だったターリバーンは内戦時代の紛争当事者同士であり、現政権の政治体制にターリバーンが取り込まれる形での決着は俄かに想像し難い。④に関しても、ターリバーン「政権」時代に女性の権利が侵害されたとの指摘が多くなされる中で、広く国民一人一人の権利が保障されるか否かが大きな争点となる。

 今後、両交渉チームが真摯にアフガニスタン和平に向けて協議に臨むことが求められるが、将来に向けての不安要素もある。不安要素の一つは、複雑で不明瞭なアフガニスタン政府側の意思決定構造である(上図参照)。先の大統領選挙の結果を見てもわかる通りアフガニスタン政府内には不和が存在しており、ガニー大統領とアブドッラー議長も一枚岩ではなく内部での合意形成すらも容易ではない。加えて、アフガニスタン政府の指揮系統を見ると、実際の交渉に当たる交渉チームよりも、国家和解高等評議会の指導者委員会の方がより大きな権限を有していることがわかる。一方でターリバーンはアーホンドザーダ指導者の信任が厚いアブドゥルハキームが交渉チームを率い、交渉現場で即座に重要な意思決定を下すことができる。この点を突いて、ターリバーンが弱体なアフガニスタン政府から交渉の主導権を奪い、物事を有利に進める可能性がある。また、米国の肩入れを失ったアフガニスタン政府がターリバーンと対等に交渉をできるのかが懸念される他、パキスタンをはじめとする諸外国からの干渉にも留意が必要であろう。他国の事例を見るまでもなく、和平交渉とは常に逆戻りする危険性を孕んだ繊細で脆い道程である。その意味で、今次交渉の開始はあくまでもスタート地点に過ぎず、今後、当事者・外部者双方からこれまでの努力を水泡に帰させない弛まぬ努力が求められる。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記もご参照ください。

  <雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)

・青木健太「ターリバーンとアフガニスタン政府の和平協議――ムッラー・ウマルの死とその波紋」『中東研究』第524号(2015年度Vol.Ⅱ)、2015年9月、95-106頁.

・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.

(研究員 青木 健太)

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