№75 アフガニスタン:駐留米軍の撤退が一段と加速
2020年9月9日、米中央軍のマッケンジー司令官は、アフガニスタンに駐留する米軍兵力を本年11月までに4500名へ削減すると述べ、撤退を予定通り進める考えを示した。9月10日付『AP』によると、マッケンジー将官は兵力4500名であっても、アル=カーイダや「イスラーム国」等のテロ組織に米国本土へ危害を加えさせないとの、同国での核心的目標を遂行することが可能だと発言した。
本年2月29日に米国がターリバーンとの和平取引(以下、ドーハ合意)に署名した時点で、アフガニスタンに駐留する米軍兵力はおよそ1万2000名と見積もられていた。ドーハ合意文書には、署名日(2020年2月29日)から135日以内(注:2020年7月13日頃まで)にアフガニスタン駐留米軍の兵力を8600名まで削減し、14カ月以内(注:2021年4月末頃まで)には完全撤退させることが謳われている。これに従うように、マッケンジー司令官は本年6月18日には兵力を8600名まで削減したことを明らかにしており、当初計画よりも早いペースで米軍撤退を進めている状況が示された。今般のマッケンジー司令官による発言は、少なくとも現時点で、こうした米国の撤退方針に変更はないことを示している。
評価
米国がアフガニスタンからの米軍撤退を着実に遂行する理由には、トランプ大統領が本年11月3日に予定されている米国大統領選挙を見据えていることが挙げられる。2001年10月に米軍がアフガニスタンに軍事介入してから18年以上が経過する過程で、米国内では「最長の戦争」を終わらせるべきとの厭戦ムードが根強い。再選を狙うトランプ大統領にとって、テロ対策や対イラン政策等の例外はあれど、全体的には中東への関与を段階的に減らすことで自らの支持基盤固めにつなげたい狙いがあると考えられる。
それでは、アフガニスタンからの米軍撤退は、アフガニスタンの治安・軍事情勢と和平プロセスに対して、如何なる影響を及ぼすのであろうか。基本的に、米軍の存在感が弱まることはアフガニスタンにおける「力の真空」を拡大させるため、各アクター間の「力の均衡」に大きな変化が生じ、結果、アフガニスタンの治安・軍事情勢は更に悪化することが懸念される。この点は、ドーハ合意に付されていた極秘の附属文書の内容からも裏付けられる。報道によれば、極秘の附属文書には、ターリバーン側が米軍側を標的としないよう記され、そのために米軍側が撤退する拠点や時程等が明示されている。一方、ターリバーン側は、都市部での攻撃を制限されるが、地方部での攻撃は制限されないことが合意されている由である。つまりこれが示すのは、カタルで近い将来に「アフガニスタン人同士の対話」の開始が予定される(注:カタル政府は9月12日開始と発表)一方で、それと平行したターリバーンによるアフガニスタン国家治安部隊、及び、和平関係者を対象とする軍事攻勢に対する抑止力の減退・喪失が避けがたくなりつつある、ということである。実質的に、米国が行使し得る軍事的な抑止力は、局地的なピンポイント爆撃等のごくわずかな選択肢に限られるだろう。本年9月9日に首都カーブル第4区でターリバーン批判の急先鋒であるサーレフ第一副大統領が乗車した車列に対する路肩爆弾による攻撃(民間人10名死亡、15名負傷。サーレフ副大統領は軽症。なお同日、ターリバーンは犯行を否定。)が発生したことを見ても、米軍が撤退を推し進めつつ和平プロセスが進展する道程で、アフガニスタン国内情勢は権力の座をめぐって混沌としたものとなるだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年度No.185
・「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」2020年度No.46
・「アフガニスタン:ターリバーンが犠牲祭期間中の一時停戦を発表」2020年度No.52
<中東分析レポート>【会員限定】
・「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13
・「新型コロナウイルスの流行と一進一退するアフガニスタン和平過程」R20-03
<イスラーム過激派モニター>【会員限定】
・「ターリバーンは2020年の攻勢開始を未だ宣言せず」M20-02
<雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)
・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.
(研究員 青木 健太)
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