中東かわら版

№66 イラン:グロッシIAEA事務局長によるテヘラン訪問の成果と課題

 2020年8月25日、国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長(アルゼンチン出身、元職業外交官)は、原子力庁のサーレヒー長官とテヘランで会談した。グロッシ事務局長がイランを訪問するのは2019年12月の就任以来初のことであり、今次訪問はとりわけ本年6月19日にIAEAがイランに対して査察受け入れを求める非難決議を採択した中(詳しくは「イラン:IAEA非難決議の採択と今後の見通し」『中東かわら版』No.35参照)、その結果が国際的に注目を集めた。

 25日、会談後に行われた共同記者会見における、両者による発言の要点は以下の通りである。

 

サーレヒー長官の発言

  • 本日の協議は、非常に「建設的」だった。IAEAは、自らの職責をプロフェッショナルに、且つ、独立して果たすことに合意した。我々としても、NPT包括的保障措置協定と追加議定書を遵守する所存である。
  • もっとも、「敵」は沈黙していないだろう。我々としては、そのような悪意ある行動を阻止するつもりだ。イランはこれまでも知性によってこうした物事に対処してきたが、今後も同様に対処する。

 

グロッシ事務局長の発言

  • イランとIAEAの間には広範なアジェンダがあり、これらに漸次対処していかなければならない。特に、イランによる原子力の平和利用が肝要である。こうした問題について話し合いを継続することを希望する。
  • (記者の質問に答えて、)IAEAは合意文書と法律の原則に基づいて活動している。(中略)確かにいくつかの国が誤った目的と権利の乱用に向けて挑戦しようとするかもしれない。しかし、世界中から集まるIAEA職員は、中立性を保って活動している。我々は権力の乱用を決して許さない。私が事務局長である間、IAEAがそのような目的に使用されることは決してない。
  • IAEAとイランは、長期にわたって緊密な協力を行ってきた。両者間の協力は、これまでも「建設的」であり、これからも継続する。

 

 同25日、グロッシ事務局長はザリーフ外相とも会談した。同会談において、ザリーフ外相はIAEAとの間の諍いを相互の信頼によって解決し、今後も友好な関係を続けたいとの希望を伝えた。グロッシ事務局長は、IAEAは中立とプロフェッショナリズムの原則に基づき責任を果たすと応じた。

評価

 本年6月19日にIAEAがイランに対する非難決議を採択したことで、IAEA・イラン間の緊張が高まっていた。イランの観点からすれば、これまでイランはIAEAの査察受け入れ要請に誠実に対応してきたにもかかわらず、IAEAはイランを不当に非難してきたと受け止めている。イランとしては、こうした不当な非難の背後には、米国とイスラエルがおり、それらの政治的影響によってIAEAの意思決定プロセスが歪められ、中立性を失ったと考えてきた。サーレヒー長官の発言内に「敵」とあることは、その証左である。今回、グロッシ事務局長から、IAEAが如何なる外部の影響も受けず、中立の立場で職務に当たるとの言質を引き出したことは、イランとしては大きな外交的成果だった。この意味において、今次訪問は、IAEA・イラン間の緊張緩和にひとまずは役立ったといえよう。

 他方で、イランの核開発を巡って、すべての課題が解決したわけではもちろんない。先ず、共同記者会見において、イランが国内2拠点への査察受け入れを許可したとの文言は見られないことから、この点に関する協議は続いていると見られる。イランによる核開発は地域と国際社会の平和と安定に多大な影響を及ぼす。イランには説明責任が求められ、この点において早期の合意が求められるだろう。また、7月2日に発生したナタンズ核関連施設での「事故」の原因に関し、真相究明への期待は高いものの未だ決着していない(詳しくは「イラン:ナタンズ核関連施設での「事故」の発生とその余波」『中東かわら版』No.41参照)。キャマールヴァンディ原子力庁報道官は8月23日に、本事案は「妨害行為」によるものだったと公式に認めており、イランが実施主体と原因を特定した上で何らかの行動に着手する危険性は排除されない状況が続いている。

 イランを巡って中東で複雑な利害関係に基づく係争・衝突が続く中、現在、IAEAを始めとする国際機関に求められる役割は日々増大しているといえ、IAEAにはどの勢力にも与しないバランスを保った立ち回りが求められている。その意味で、今次訪問によりIAEAとイランはあくまでもスタート地点に立ったに過ぎず、今後のフォローアップと緊密な連携が何より重要であろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:IAEA非難決議の採択と今後の見通し」2020年度No.35

・「イラン:ナタンズ核関連施設での「事故」の発生とその余波」2020年度No.41

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「イラン核合意を巡るイランの強硬姿勢 ~国内的要因を中心とした背景と諸相~」R19-04

・「JCPOAのゆくえ#2:破綻過程の進展とイランの現況」R19-10

(研究員 青木 健太)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP