中東かわら版

№64 アフガニスタン・イラン:イランがターリバーンに報奨金と『CNN』が報道

 2020年8月17日付『CNN』記事は、イランが、アフガニスタンに駐留する米軍兵士を標的とするよう、ターリバーンに報奨金を支払っていたと報じた。同記事は、米情報機関によると、イランは秘密裏にハッカーニー・ネットワーク(ターリバーン内の強硬派グループ。現在のターリバーン副指導者はハッカーニー・ネットワーク指導者が務める)に金銭を提供し、2019年12月11日に発生したバグラム基地に対する自爆攻撃(2名死亡、73名負傷。米兵の死者はなかった)を含む、2019年だけでも少なくとも6件の攻撃を実行したと伝えた。また同記事によれば、バグラム基地に対する攻撃はターリバーン戦闘員10名以上によって実行された非常に洗練された複合攻撃で、事態の深刻さに鑑みて、米国防長官、及び統合参謀本部議長レベルにまで報告された模様である。『CNN』が確認した米国防総省の内部資料によると、バグラム基地に対する攻撃は「米国・同盟国軍への攻撃の危険を増大させた」と評価された由である。

 これに対して、翌18日、イランのハティーブザーデ外務報道官は、米国メディアで報じられていることは「全くの嘘」だとして疑惑を否定した。また、同報道官は、米国は間違った政策に基づきアフガニスタンで戦争をしている、他国を非難する前に自らが速やかに撤退するべきだとして揶揄した。

 米国がイランをターリバーン支援の文脈で非難するのは、これが初めてではない。最近では、8月12日にポンペオ国務長官が『RFE/RL』とのインタビューで、「ロシアがターリバーンに武器を供与していることを承知している。我々はまた、イランが今日までターリバーンに武器供与を続けていることも知っている」と発言していた。17日、イラン外務省はこれに対しても、「根拠のない疑い」として否定した。

評価

 歴史的に見ると、アフガニスタンはその地理的特性故に、国際政治の中で常に代理戦争の舞台としての役割を負わされ、その時々の大国や近隣諸国からの干渉を受け続けてきた。過去の経緯に鑑みれば、ソ連侵攻(1979年~1989年)時代に、米国がソ連の脅威に対抗するためムジャーヒディーン勢力に対して、スティンガー・ミサイル(携行式地対空ミサイル)を提供していたことは周知の事実である。近年では、本年6月にも、ロシア情報機関が米兵を殺害とするべくターリバーンに報奨金を提供していた、と『ニューヨーク・タイムズ』によって報じられたばかりである。実際、現地報道をつぶさに追うと、アフガニスタン国内でターリバーンの拠点からイラン製兵器が押収される事案は日常茶飯事とさえ呼べるほどであり、今次報道が仮に事実であったとしてもさほど不思議ではないだろう。

 今次事案が興味深いのは、イラン・ターリバーン関係から見ると、アフガニスタンからの米軍撤退は共通の利益であり、宗派・教義の違いを越えて、イランがターリバーンに政治的認知を与えるといった形での関係強化が続く可能性が高いことである。これは、イランがソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官を失った後にシリア・イラク方面で苦戦を強いられる中(詳しくは「イランの地域における対外政策:継続する「革命の輸出」」『中東分析レポート』R20-06【会員限定】参照)、主にアフガニスタンを主戦場としてきた新任のガーアーニー司令官の指導の下、イランがアフガニスタン方面に地歩を築く可能性を仄めかしている。

 他方、諸外国によるターリバーンに対する報奨金供与(の疑い)が、将来的に、駐留米軍を更に危険に晒すと考えるのは早計であろう。その理由に、本年2月29日に米国・ターリバーン間で締結されたドーハ合意の存在がある。本合意は、米国側にとってはターリバーンが国際テロ組織(アル=カーイダ等)と断絶しアフガニスタンをテロの温床にさせない確約を得る一方、ターリバーン側は駐留米軍の撤退を引き出す「取引」であった。ターリバーンの観点からすれば、本合意は、長らく求めてきた外国軍撤退を約束するものである。したがって、米国・ターリバーン双方にとって、互恵するドーハ合意を破綻させることはまったく得策でない。実際、ドーハ合意以降、ターリバーンは標的を外国軍からアフガニスタン国家治安部隊に移しており(詳しくは「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」『中東かわら版』2020年度No.46参照)、今後もターリバーンが米軍を標的とする可能性は低い。米国としても、イランやロシアが水面下でターリバーンに兵器・金銭等の資源を提供することは望ましくないとはいえ、あくまでもこれまでに築いた外交的成果を無駄にしないよう、抑制的な対応に努めざるを得ないだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年No.185

・「アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢」2020年度No.46

・「アフガニスタン:ターリバーンが犠牲祭期間中の一時停戦を発表」2020年度No.52

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13

・「新型コロナウイルスの流行と一進一退するアフガニスタン和平過程」R20-03

・「イランの地域における対外政策:継続する「革命の輸出」」R20-06

 

 <イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「ターリバーンは2020年の攻勢開始を未だ宣言せず」M20-02

 

 <雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)

・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.

(研究員 青木 健太)

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