中東かわら版

№62 レバノン:レバノン特別法廷で被告1名に有罪判決

 2020年8月18日、ハーグに置かれたレバノン特別法廷(STL)は、ラフィーク・ハリーリー首相爆殺事件に関して、ヒズブッラー構成員の被告1名に有罪、他3名に証拠不十分で無罪を言い渡した。いずれの被告も不在(所在不明)。この事件は、2005年2月14日、ラフィーク・ハリーリー元首相が乗った車がベイルートの中心で爆破され、首相と21人が死亡、226人が負傷した事件で、2005年にシリア軍がレバノンから撤退する契機となった出来事である。事件に関与した罪で、サリーム・アイヤーシュ(有罪)、アスアド・サブラ(無罪)、ハサン・ウネイシー(無罪)、ハサン・メルヒー(無罪;アラビア語では「マルイー」表記)、そして軍事司令官のムスタファー・バドルッディーンが起訴されたが、バドルッディーンは2006年にシリアで殺害されたため起訴が取り下げられた。

 アイヤーシュは自爆作戦の計画を含む5件の罪が認められ、有罪となった。後日、同被告の刑期を決定するための審問が行われる。STLの判事は、事件はハリーリー元首相らがシリア軍のレバノン即時撤退を議論していた時期に起き、シリアとヒズブッラーはハリーリー首相らを抹消する動機があったが、ヒズブッラー幹部およびシリアが事件に関与した証拠はないと結論付けた。

 判決に関して、爆殺された首相の息子であるサアド・ハリーリー元首相(在任期間2009-2011年、2016-2020年1月)は、判決はSTLの客観性と信頼性を証明したと述べ、判決を受け入れると表明した。また、事件へのヒズブッラーの関与を指摘し、同組織は相応の代償を負うべきと主張した。対してヒズブッラーはSTLを「抵抗運動」に反対する外国勢力の陰謀とみなしており、一貫して被告の無罪と組織の無関与を主張してきた。ナスルッラー書記長は判決前の14日、被告に有罪判決が下されたとしても彼らの無罪を主張すると述べている。

 

評価

 事件から15年、STL設置から11年という長い年月が経過した後に判決は出された。判決は、多数の死傷者を出した事件の罪がたった1人にのみ問われたという点で、責任の所在について曖昧さを残した。また、同事件を巡り対立するハリーリー支持派(未来潮流)とヒズブッラーにとっても満足できない判決であった。サアド・ハリーリー元首相は判決を受け入れたが、ハリーリー支持派は被告全員が有罪とならなかったことやヒズブッラーの組織的責任が追及されなかったことに不満を持っている。ヒズブッラーとしてはSTLが組織メンバーを裁くこと自体に正統性を認めていない。組織的責任の追及は免れたが、メンバー1人が有罪となったことで、今後もSTLそのものを否定する姿勢を貫くと思われる。また、レバノン政府が有罪となった被告をSTLに引き渡す可能性は低いため、刑が執行される可能性も限りなく低く、この点でもSTLの意義に曖昧さが残る。

 判決においてヒズブッラーの組織的責任が明示されなかったことで、レバノン国内がヒズブッラー対ハリーリー派の暴力的事態に発展することは免れた。しかし、ベイルート港爆発事件に関してヒズブッラーの責任が根強く問われる最中にこのような曖昧な判決が出されたことで、両勢力はやはり対立を深めると思われる。新政府が編成されたとしても、必要とされる改革は対立によって妨害されるだろう。

(上席研究員 金谷 美紗)

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