中東かわら版

№60 トルコ:米国のバイデン前副大統領発言の波紋

  

 米国のジョー・バイデン前副大統領が、自身が大統領に選出された場合、トルコに政権交代を求める、と述べたことがトルコ・米国で波紋を広げている。バイデン前副大統領は、2019年12月に撮影された「The Weekly」というドキュメンタリー番組で、『ニューヨーク・タイムズ』紙の編集委員会のインタビューに応じている。2020年8月16日、トルコの「アナトリア通信」は、同インタビュー動画の新たな部分が明らかになったと報じた。

 米国の外交政策に関し、エルドアン大統領の最近の行動から、米国の核兵器がトルコ国内にあることをどのように感じているか、と聞かれたバイデン前副大統領は、「エルドアン大統領と長い時間を共に過ごしてきた。彼は独裁者だ。私の(トルコへの)安心感は大きく低下している。我々が行わなければならないのはエルドアンに対し、これまでとは大きく異なるアプローチを採ること、米国はトルコ野党のリーダーの支持を明確にし、クーデタではなく選挙によってエルドアンを打ち負かすことである」と応じた。

 このバイデン前副大統領の発言は、トルコ国内で与野党問わず大きな反発を呼び、波紋を広げている。主な要人の反応は以下の通り。

 

チャウシュオール外相

「我々はそのような押し付けを強く拒否する。バイデン氏の発言は「無知」であり、トルコという国をきちんと認識していない。米国の指導者に指名された人物が、トルコに対してこのような「無知な発言」をしたことは「おかしい」。バイデン氏は自分の国の真実を知らない。」

 

シェントプ大国民議会(国会)議長

「バイデン氏は4年間、米国に対するロシアの政治介入を批判してきたが、トルコに同じことをしようとしている。先ずはあなたの国で外国の影響を受けない選択が出来れば、トルコへの敵意は失われるだろう。」

 

クルチダルオール共和人民党(CHP・中道左派、世俗主義)党首

「CHPは、トルコの独立および主権のために戦う伝統から成り立っており、いかなる帝国の影さえも受け入れない。独立が我々の伝統だからだ。私は、7カ月もの間、トルコ外務省、エルドアン政権がこのことに反応さえしなかったことの方が悲しい。」

 

バフチェリ民族主義者行動党(MHP・極右、トルコ民族主義)党首

「クーデタ、干渉・妨害、危機、テロ行為、反民主主義への取り組み、これらの背後にいるのは誰か、ということが証明された。今回の発言は、政権の転覆を目指す卑劣な計画であり、クーデタではなく選挙で野党を支援することによって行われるべきだと強調している。MHPがバイデンを非難するように、バイデンの民主党も同様のことをすべきである。」

 

カラモッラオール至福党(SP・右派、親イスラーム主義)党首

「トルコはトルコが管理する。我々が米国に自分たちの国の政治を任せることは決してない。我々は、問題の大小にかかわらず、自分たちでそれらを解決するための知識、経験の蓄積がある。」

 

 また、米国のトランプ大統領は、8月17日の「FOXニュース」のインタビューで、「バイデンは非常に聡明な世界のリーダーたちを相手にしている。各国の指導者は世界クラスのチェスプレイヤーのような人々だ。私は彼ら全員を知っている。我々は彼ら全員と非常にうまくやっている。例えばトルコのエルドアンとも。自分の居場所を知らない男はリーダーにふさわしくない。地下室から出るのを恐れているような男(筆者注:バイデン氏が新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化した3月中旬から5月下旬まで外出せず、デラウェア州の自宅にある地下室の特設スタジオからインターネットを通じて選挙活動を行っていたことを揶揄したもの)とはもう話せない」と述べた

 

評価

 

 今般のバイデン前副大統領の発言に対するトルコの反応は興味深い。与党の公正発展党(AKP)出身の閣僚や、同党と同盟関係にあるMHPが批判的なのは当然だが、AKP、MHP批判の急先鋒に立つ、世俗主義政党のCHPもバイデン氏を非難している。CHPのクルチダルオール党首の発言にもあるように、トルコは、オスマン帝国崩壊後、西洋列強からの独立を勝ち取り今日の共和国となった。「トルコがトルコたること」への執着と自負は、国民の間でも根強い。トルコ・ナショナリズムが侵犯されそうになった時には、政党間の意見やイデオロギーの相違をいとも簡単に超越し、国が団結する強さを持っている。バイデン氏が大統領に選出された場合、支援する反エルドアン勢力として考えられるのは、最大野党で世俗主義政党のCHP、または、エルドアンと袂を分かち新党を設立した、ダウトオール元首相、ババジャン元副首相らが挙げられるが、もし、彼らが米国からの支援を得ようとすれば、国民から強い反発を受けることは必至だ。

 バイデン前副大統領は、「独裁者」たるエルドアン打倒を押し出すことで、米国内のリベラル派へのアピールだけでなく、トルコの反エルドアン勢力の賛同をも狙ったものと推測できる。しかしながら、同氏の「打倒エルドアン」発言は、トルコ国民には、トルコの主権を踏みにじる「打倒トルコ」として受け止められかねない。また、米国が反トルコの姿勢を強めれば強めるほど、米国が危惧するトルコのロシア接近を進めてしまう可能性もある。バイデン前副大統領の発言は、こうしたトルコの内情を理解していない、不用意な言動だと言わざるを得ない。

 トルコ-米国関係悪化のそもそもの発端は、民主党のオバマ・バイデン政権時代である。11月の米国大統領選で同氏が当選した場合、二国間関係のさらなる悪化も懸念される。

 

                                                                                                                                                         

(研究員 金子 真夕)

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