中東かわら版

№59 イラン:国連安保理が武器禁輸延長決議案を否決

 2020年8月14日、国連安全保障理事会(以下、国連安保理)において、イランに対する武器禁輸措置の延長に関する決議案が採決されたが、可決のために必要な9票を得られず否決された。当該決議案に関する投票内訳は、以下の通りである。

 

賛成

2カ国(ドミニカ共和国、米国

反対

2カ国(中国ロシア

棄権

11カ国(ベルギー、エストニア、フランスドイツ、インドネシア、ニジェール、セントビンセント及びグレナディーン諸島、南アフリカ、チュニジア、英国、ベトナム)

※アルファベット順。下線は当初のイラン核合意(JCPOA)当事国(米国は2018年5月に単独離脱を宣言)。

  

 同14日、イラン国連代表部のラヴァーンチー大使は、今次結果は米国の孤立を示していると述べ、米国によるスナップバック発動は違法であり、国際社会からも拒絶されたとして、米国の行動を批判した。

 また、同14日、イランを「テロ支援国家」と断じる米国のポンペオ国務長官は声明を出し、国連安保理は国際社会の平和と安定を維持する責務を負うにもかかわらず弁解の余地のない失敗を犯したとして、国連安保理を厳しく非難した。また、翌15日にはトランプ大統領が記者会見で、「我々はスナップバックを発動する。来週にも目にすることになるだろう」と発言し、JCPOAで規定される制裁の再発動メカニズムを適用すると警告した。

 一方で、EU上級代表報道官は声明で、米国は2018年5月にJCPOAから単独離脱をしておりJCPOA当事国と見做せない、したがって米国はJPOCA当事国が保有する権利を行使する立場にはないとの立場を示し、米国の主張を真っ向から否定した。

 こうした状況下、ロシアのプーチン大統領は、イラン武器禁輸解除を巡り高まる緊張の緩和に向けて、国連安保理常任理事国、及び、イランとドイツの首脳を招いたオンライン会議の開催を提唱した。

評価

 今次決議案の否決は採決前から予想されていたことであり、自明の結果だったといえる。米国が2018年5月にJCPOAから単独離脱したことは公然の事実であり、臆面もなく前言を翻す米国の行動に追随する国が出る可能性はそもそも低かった。さらに、ロシアと中国がイランの立場を支持することは規定路線だったと言ってよい。実際、イランは今次決議案の採決に向けて、先立つ6月にザリーフ外相がロシアのラブロフ外相とモスクワで会談し、JCPOAの維持、及び、武器禁輸解除の2点で支持を予め取り付けるなど、積極的な外交を展開していた(詳しくは「イラン:武器禁輸解除に向けてロシアの支持を取り付け」『中東かわら版』No.31、2020年6月17日参照)。武器禁輸解除(本年10月18日)まで残り2カ月という切迫した現状下、今次の否決によって禁輸解除の実現に向けた公算は高まったと言えよう。

 他方で、米国がそもそも可決の見通しが低い決議案を、何故敢えて提出したのかという点には疑問が残る。米国が、自国がJCPOA参加国(the “JCPOA” participants)の一つであると国連安保理決議第2231号に記載されていることのみを以て、イランが保証されている正当な権利を侵すことは無謀とさえ呼べる(詳しくは「イラン:米国がイランに対する武器禁輸解除を妨害」『中東かわら版』No.13、2020年5月1日参照)。それでも妨害行為に及んでいる背景には、本年11月の大統領選挙を念頭に、反イラン姿勢を掲げ続けることで米国内の支持基盤にアピールする「選挙ファースト」の考えが透けて見え、米国の目標設定の曖昧さが目立つ。EUも米国の立場を支持していない事実に鑑みれば、トランプ大統領が警告するスナップバック発動は現実的でなく、客観的に見れば、現在米国に打つことができる手はほとんどないと言えるだろう。

 こうした中、プーチン大統領が呼びかける関係国の首脳会合の行方は、イランに対する各国の対応に大きな影響を与えると考えられる。イランが域内のシーア派勢力を背後から支援し影響力を拡大させてきたことに対しては、米国と同様、深刻な懸念を有する国も多い。常任理事国が拒否権を有しているとはいえ、特に英国、フランス、ドイツが米国支持に回れば、全体的な風向きが変わる可能性もあり得るため、これら3カ国の動向が今後の焦点となるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:米国がイランに対する武器禁輸解除を妨害」『中東かわら版』No.13

・「イラン:武器禁輸解除に向けてロシアの支持を取り付け」『中東かわら版』No.31

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「イランの地域における対外政策:継続する「革命の輸出」」R20-06

(研究員 青木 健太)

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