中東かわら版

№58 イスラエル・UAE:国交正常化の背景・思惑・影響

 2020年8月13日、イスラエル・UAE・米国は共同声明を出し、イスラエルとUAEの国交正常化と、これに伴うイスラエルのヨルダン川西岸地区併合計画の停止について合意がなされたと発表した。UAEは、イスラエルと国交を持つアラブ諸国として1979年のエジプト、1994年のヨルダンに次ぐ3例目となる。

 米国のトランプ大統領は自らがイスラエル・UAEの仲介役を担ったことを強調し、2国の国交正常化を「歴史的成果」として強調した。また、エジプトのシーシー大統領はこれを歓迎する一方、ハマースをはじめとするパレスチナ諸派は「卑劣な決定」(アッバース大統領)等と批判した。

 

評価

 中東地域で孤立するイスラエルは以前からアラブ諸国との国交正常化に前向きで、特にUAEとは最近、COVID-19対策(共同でのワクチン開発)やIT分野で協力関係を築くことで合意し、官民双方で関係強化が進んでいた。この点、イスラエル・UAEの国交正常化は寝耳に水の話題では決してない。もっとも、米国が仲介役をアピールするように、本合意はイスラエル・UAEの二国間関係のみで成り立ったわけではなく、既に進展していた非公式な関係深化が今のタイミングで公式化したことにも相応の事情が考えられる。以下はその一部である。

①  対イラン関係

 イスラエル・UAE・米国は、イランを中東の安全保障上における脅威と捉え、その軍事的影響力を削減するという目標を共有している。この点で本合意は「イラン包囲網」としての意味を持ちうる。一方、「包囲」を経た対イラン関係については、3国間で異なる青写真を用意していると考えられる。少なくともUAEは、地理的に極めて近いイランが政治的にも経済的にも一定程度の安定性を保ち、この上でサウジやバハレーンといったUAEの友好国とイランとの間の緊張が緩和されるのが理想であろう。 

②  西岸併合

 西岸併合については「一部」「延期」「停止」等、様々な表現が用いられており、国交正常化と引き換えに西岸併合を取りやめると考えるのは早計である。実際、イスラエルのネタニヤフ首相は国内向けの会見で、一部西岸地域への主権適用の計画は進めると発言した。本合意は、あくまで現時点でイスラエル・UAEは経済的実利を優先した結果と考えられる。あるいは、西岸併合を必ずしもバーターとしない国交正常化に合意したUAEは、西岸併合を暗黙裡に了解したとも言える。

③  イスラエルの思惑

 西岸併合は現内閣のマニフェストとして注目されてきた。しかし外相・国防相等の側近から慎重論が出ている他、COVID-19対策に予算・労力を割くべき中で、西岸併合は次第に非現実的な様相を帯び始めた。こうして、一時的とはいえ西岸併合を持て余している状況下、これを引き換え(に見える形)としたUAEとの国交正常化は、現内閣の安定性を維持しつつ、経済外交を進展させ、さらに有言不実行(マニフェストの不履行)との誹りを免れるという、イスラエル政府にとって好都合なタイミングと言える。さらにこれによって、中東地域での孤立を解消し、パレスチナ問題でイスラエル側の主張を支持するアラブ諸国を増やすことで西岸地区での主権維持が見込め、これが中長期的には国内右派・極右勢力の支持を維持することにもつながる。以上を考慮すれば、本合意はイスラエルにとって「コストなきディール」だと言えよう。

④  UAEの思惑

 世界有数のハイテク産業を有するイスラエルと経済・技術協力を推進できる点で、UAEにとって本合意の経済的利点は疑いがない。一方、イスラエルとの国交正常化には、パレスチナやこれを支持する勢力から「裏切り者」との非難を浴び、アラブ諸国としての体面を保つ上で不都合だという事情もあった。このため、西岸併合をイスラエルに放棄させたという物語の筋を強調することで、UAEは本合意を「裏切り」には該当しない、むしろパレスチナを支持する行動としてアピールする向きが見られる。もっとも、こうした評価をパレスチナ側から得ていないは既述の通りだが、そもそもUAEに限らず、多くのアラブ諸国が「パレスチナ支援」を自国のプレゼンスを示すアジェンダとして(のみ)利用している現状は暗黙の事実であり、パレスチナ側の批判をUAEが考慮する可能性は低いだろう。 

⑤  米国の思惑

 11月に大統領選挙を控える状況下、トランプ大統領には今のタイミングでなされた本合意を「歴史的な平和貢献」と表現し、これを自身の業績としてアピールする狙いが見て取れる。逆に言えば、大統領選挙後を見据えたパレスチナ問題への政策が用意されているかどうかは疑問である。

⑥  イスラエル・パレスチナ関係への影響

 通常、国際社会で国交正常化が批判されることはないとの考えに立てば、イスラエル・UAEの国交正常化によって中東地域で孤立するのは、皮肉にもパレスチナの側となる。西岸併合計画への抵抗で協力を発表したパレスチナ自治政府(PA)とハマースは、本合意を受けてさらなる協力体制を構築するかもしれない。しかしながら、パレスチナは外国からの政治的支援なくして独立を実現できない。パレスチナ諸派を蚊帳の外にした「歴史的成果」は、彼らを着実に八方塞がりな状況に追い込んでいく。さらに、これまで水面下で進んでいたアラブ諸国とイスラエルとの関係が、本合意をきっかけに地域レベルで立て続けに公式化する可能性もある。こうなると、二国家解決の実現可能性はますます低くなり、逆に一国家解決の実現可能性が高まる。

(上席研究員 金谷 美紗)
(研究員 高尾 賢一郎)

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