№57 イラク・トルコ:イラク北部におけるトルコ軍の空爆
2020年8月11日、イラク軍は、トルコがイラク北部クルド地区のシダカン(エルビル北東部)に対してドローンによる空爆を行い、これによってイラク軍国境警備の高官2名が死亡したと発表した。同日にバグダードで予定されていたトルコ外相の公式訪問は中止となった。
トルコは6月16日以降、イラク北部同地区のクルディスタン労働者党(PKK)を標的とする陸・空双方からの軍事作戦(作戦名:鉤爪・虎作戦)を展開し、イラク側では民間人の犠牲者も発生している。これを受けて、クルド自治政府とバグダードのイラク政府との頻繁な協議の場が設けられた他、ハルブーシー・イラク国会議長等、国内要人がトルコ政府に対して、イラク国内での軍事活動を止めるよう要請を続けてきた。
評価
今般の軍事作戦を、トルコ側はPKKの拠点である軍事施設の無力化や地雷を含む大量の武器・弾薬の除去を目的としたものだと述べた。エルドアン大統領、アカル国防相は折に触れ、「テロとの戦いに妥協はない」として強気な姿勢を崩していない。6月中旬の地上戦で犠牲者を出しているトルコ軍にとって、今般の空爆はこれからの地上戦を見据えた、文字通りの「地ならし」という意味を持っていたと思われる。さらに言えば、トルコ国内の経済低迷が深刻化する中、政府が国民の不満の目をそらすために国外での軍事活動に積極的に取り組んでいる面もあるだろう。
一方のイラク側は、上述した通り、6月中旬以降のトルコの軍事活動を主権の侵害として強く批判してきたが、その後も状況は改善していない。この背景には、6月に閣僚が出そろったカージミー政権にとって、経済・インフラ・医療・治安面での復興に向けて国際社会の協力が不可欠な状況下、特定の外国と緊張関係になる事態を現在は極力避けたいとの事情がある。周辺諸国もこうした事情を理解し、またイラクの不安定化が「イスラーム国」等の過激派組織の再活性化につながる事態を防ぐべく、イラクの全方位的外交をバックアップしている。ただしこれによってトルコの軍事活動を強く批判する周辺国が現れず、イラク政府にとって状況の打開が見通せないこともまた事実である。
(研究員 金子 真夕)
(研究員 高尾 賢一郎)
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