中東かわら版

№46 アフガニスタン:ドーハ合意後の治安・軍事情勢

 2020年2月29日の米国・ターリバーン間和平取引(以下、ドーハ合意)締結以降、アフガニスタン情勢に関しては和平に向けた機運の高まりが報じられることが多いが、実際のところ現地の治安情勢は著しく悪化している。合意締結に先立つ7日間(2月22日~28日)の暴力削減期間に小康状態がみられたものの、締結2日後の3月2日には早くもターリバーンが軍事作戦の再開を宣言し、3月4日には米軍が南部ヘルマンド州で自衛のためだとして空爆で応酬した。5月12日には、ガニー大統領はターリバーンが度重なる停戦への呼びかけを拒否したことを非難するとともに、同勢力に対して攻勢を激化すると宣言した。

 下表は、ドーハ合意以降の主なターリバーンによる治安事案を示したものである。

 

表 ドーハ合意以降の主なターリバーンによる治安事案

日付

出来事

5

11

東部ラグマーン州アリーシェング郡で、アフガニスタン国家治安部隊(ANSF)の哨戒所に対する攻撃があり、交戦の末、27名が死亡し、10数台の高機動車が損壊した。

5

13

南東部パクティアー州ガルデズ市の国防省施設前で、自動車積載型爆弾の爆発があり、5名が死亡、19名が負傷した。

5

18

中央部ガズニー州の国家保安局前で自動車積載型爆弾の爆発があり、7名が死亡、40名以上が負傷した。

5

19

ターリバーンは北東部クンドゥーズ州都に攻勢を仕掛け、ANSFとの激しい交戦の末、双方に多数の死傷者が出た。

6

17

ターリバーンが北西部ジョウズジャーン州アクチャ郡の国軍の哨戒所を襲撃し、交戦の末、12名が死亡、5名が負傷した。

6

17

北東部クンドゥーズ州で、ターリバーンがANSFを襲撃し、交戦の末、5名が死亡、複数名が負傷した。

7

13

北部サマンガーン州アイバック郡の国家保安局事務所前で、自動車積載型爆弾の爆発により、10名が死亡、60名以上が負傷した。

7

20

北東部クンドゥーズ州のクンドゥーズ市内とアリー・アーバード郡で、ターリバーンがANSFの哨戒所を襲撃し、交戦の末、13名が死亡、10名が負傷した。

7

20

中央部ワルダック州サイード・アーバード郡で、ターリバーンによるANSF車列に対する自動車積載型爆弾の爆発により、8名が死亡、9名が負傷した。

(出所)公開情報をもとに筆者作成。

 

 7月13日付民放『トロ・ニュース』記事によれば、ターリバーンは1月21日~6月20日の5カ月間で5942件の治安事案を引き起こし、3月29日にはこの期間最多となる97件/日の攻撃を実行した。同報道によれば、7日間の暴力削減期間に治安事案数は減少したが、合意日以降には元の水準以上に治安事案数が増加した。また、米国アフガニスタン復興特別査察官(SIGAR)の2020年4月発行四半期報告書によれば、情報の性質から定量的データの提示を避けつつも、3月の期間に、ターリバーンはアフガニスタン国家治安部隊(ANSF)に対する軍事攻勢を激化させた。同報告書によると、ANSFは首都カーブルや主要な州都を掌握している一方、幹線道路や農村部ではターリバーンの影響力が着実に拡大している。

 また、ターリバーンに加えて「イスラーム国ホラーサーン州」が、各地で衆目を集める治安事案を散発的に引き起こした。例えば、首都カーブルでのイスラーム統一党元指導者のマザーリー師(ハザーラ人。シーア派)追悼式典への攻撃(3月6日)、大統領就任式典会場へのミサイル攻撃(3月9日)、シーク寺院への襲撃(3月25日)、及び、東部ナンガルハール州シェイワ郡の葬式会場自爆攻撃(5月12日)等である。

 この他にも、犯行主体が不明な事案が多発している。5月12日には、首都カーブル市内でNGO「国境なき医師団」が産婦人科病棟を運営する病院への無差別攻撃が発生し、多数の妊産婦や新生児が死傷した。また、モスクで導師を務めるウラマーや政府高官への標的殺人も増加している。

 こうした状況下、米国・ターリバーン双方はドーハ合意を遵守する姿勢を堅持している。6月19日には、米中央軍のマッキンジー将官が、合意通り駐留米軍を8600名まで削減したことを明らかにした。一方で、ターリバーンも、ドーハ合意は国際社会に支持されるものであり、恒久的な和平と停戦につながるとして、合意を遵守する姿勢を堅持している。 

評価

 如何なる暴力行為も決して許されないことは言うまでもないが、アフガニスタンで今も紛争が続く理由を理解するためには、紛争当事者双方の見方を踏まえる必要があるだろう。内戦時代(1992年~1994年)を経て、90年代後半に国土の大半を実効支配するに至ったターリバーンにとって、祖国が置かれた現状は、外国軍による「占領」状態だと見做される。同様に、ターリバーンからしてみれば、ガニー政権は外国の「傀儡」に過ぎず、これら勢力に対する抵抗は正当性を持つ義務だと認識されると考えられる(詳しくは中東分析レポート「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13【会員限定】参照)。そうした認識の中、上表で見た通り、最近のターリバーンの攻撃対象がほとんどANSFであり、外国軍を避けている点は、同勢力が軍事攻勢を激化させる一方で、ドーハ合意を破綻させたくない考えを有することを示唆している。

 ターリバーンが軍事攻勢を継続する理由は上記の説明で理解されるとしても、それでは、何故、ドーハ合意が締結されたにもかかわらず治安情勢は悪化し続けるのであろうか。その理由の一つには、米国がアフガニスタンからの撤退を重視するあまり、停戦の取り付けを先延ばししたことが挙げられる。ドーハ合意文書には、「恒久的、及び、包括的な停戦は(2020年3月10日にも開始する)アフガニスタン人同士の協議におけるアジェンダとなる」(前文)と記載されている。つまり、7日間の暴力削減とはあくまでも米国・ターリバーン双方が妥協することができた一時停戦を指し、アフガニスタン国民が希求する本当の意味での恒久的な停戦は先延ばしされた。米国はターリバーンとの協議状況を逐次アフガニスタン政府に共有していた模様だが、アフガニスタン政府側の要求は受け入れられなかった様子がうかがえる。

 更に、アフガニスタン人同士の協議開始の条件の一つである囚人交換に際し、将来の協議で主導権を握りたいガニー大統領は、ターリバーン囚人5000人の釈放を渋っている。このように、現下の治安・軍事情勢を見る限り、米国・ターリバーン双方は各々獲得したかった利益を手中にしたが、無辜のアフガニスタン国民がその代償を支払わされているようにもみえる。今後、ターリバーンは、ドーハ合意の遵守を基本路線に据えつつ、将来の交渉での優位性を確保するため、主にANSFを標的とした軍事攻勢を激化する可能性が高い。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年No.185

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13

・「新型コロナウイルスの流行と一進一退するアフガニスタン和平過程」R20-03

 

 <イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・「ターリバーンは2020年の攻勢開始を未だ宣言せず」M20-02

 

 <雑誌『中東研究』>(定価:本体2,000円+税 ※送料別)

・青木健太「ターリバーンの政治・軍事認識と実像――イスラーム統治の実現に向けた諸課題」『中東研究』第538号(2020年度Vol.Ⅰ)、2020年5月、64-77頁.

(研究員 青木 健太)

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