中東かわら版

№41 イラン:ナタンズ核関連施設での「事故」の発生とその余波

 2020年7月2日、イラン中部にあるナタンズ核関連施設で「事故」が発生した。2日付『IRNA』(国営通信)によると、原子力庁のキャマールヴァンディ報道官は、2日朝にナタンズ核関連施設で「事故」が発生したことを認め、これは建設中の工業施設の一角で起こったものであり、人的被害は出ていないと発言した。また、ウラン濃縮活動への影響はなく、核物質の漏洩なども心配ないと述べた。

 同日、『BBCペルシャ語放送』は、同社のジャーナリスト複数名に対して「祖国のチーター」を名乗る地下組織から犯行声明が送られたことを明かした。同声明によれば、「祖国のチーター」は、イラン治安機関内にある地下組織であり、汚職に塗れ、独裁的なイラン体制に対抗するため、ナタンズ核関連施設を標的に「作戦」を実行した。

 翌3日、国家最高安全保障評議会のホスラヴィー報道官は、安全・技術両面からの検証を通じて「事故」の原因を突き止めたと述べたものの、治安上の理由から近日中に公表すると発言し、性急な結論を急がない考えを示した。5日、原子力庁のサーレヒー長官は、国会の外交・安全保障委員会の席で、今般の「事故」について複数のシナリオを検証中であると述べ、偶発的な事故ではない可能性を仄めかした。また同日、キャマールヴァンディ報道官は、被害は甚大だったと認め、損壊した施設は再建され、より高度な遠心分離機が据え付けられると発言した。

 こうした動きを受けて、5日、イスラエルのガンツ国防相は、「イランで起こった全ての事故が我々と関連するわけではない」と発言し、イスラエルの関与に含みを持たせた。 

評価

 ナタンズ核関連施設は、エスファハーン州ナタンズ郡にあるウラン濃縮施設である(下図参照)。イラン核合意(JCPOA)によって、遠心分離機IR-1型を5060機保有している。ナタンズ核関連施設では、2010年にコンピューターウイルスStuxnetを用いたサイバー攻撃によって、遠心分離機によるウラン濃縮活動が妨害されたとされる。イランはこの他にも、国内にフォルドゥ核関連施設『中東かわら版』2019年度No.128参照)やアラーク研究用重水炉なども有するが、ナタンズ核関連施設はJCPOA下でウラン濃縮活動を正式に認められている点で、イラン核開発の中心的な拠点といえる。このため、イランの核開発活動の今後の進展をみる上で、今次「事故」が与える影響は少なくない。

 

図 ナタンズ核関連施設の位置

 

 (出所:Google Mapより筆者作成)

 

 他方で、今次「事故」の原因は特定されていない現状を踏まえると、イランによる「報復」の危険性を過度に煽る言動は慎むことが求められる。イスラエルによるサイバー攻撃の可能性が報じられているとはいえ、現時点で、本件が「事故」だったのか、何者かによる妨害行為だったのかは特定されていない。また、今回作戦を実行したと主張する「祖国のチーター」を名乗る地下組織集団についても、これまで同集団の活動は確認されていないため、これをもって直ちに犯行声明と断定することは困難である。

 仮に、今次「事故」が何者かによって引き起こされた妨害行為と特定された場合、イラン側としては何らかの対応に出ざるを得ないだろう。しかし、イラン政府高官は複数のシナリオの存在を認めながらも、慎重に検討する姿勢を堅持していることから、イラン側としては域内の緊張関係を無用に高めることは回避したい様子がうかがえる。特に、今次「事故」で人的被害が報告されていないことから、イラン側からの過剰な反応は想定しづらい。イラン国内の厳しい財政事情に鑑みても、現実的な選択肢が検討されることになるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「イラン:フォルドゥ核関連施設におけるウラン濃縮の開始」2019年度No.128

・「イラン:IAEA非難決議の採択と今後の見通し」2020年度No.35

・「イラン:通貨リヤール下落の背景と影響」2020年度No.39

 

 <中東分析レポート>【会員限定】

・「イランにおける新型コロナウイルス感染拡大の諸要因」R20-01

(研究員 青木 健太)

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