中東かわら版

№39 イラン:通貨リヤール下落の背景と影響

 2020年6月28日、通貨リヤールが過去最安値を更新した。これまでの最安値は2018年9月の1ドル19万リヤール(実勢レート)であったが、2020年6月20日には1ドル19万3400リヤールまで下落し、同月28日は1ドル20万2500リヤールまで暴落した(下図を参照)。

 米国が2018年5月8日にイラン核合意(JCPOA)から単独離脱し制裁を強化して以降、リヤールの価値は下落を続けてきた。これに伴い、イラン国内では2018年6月、及び、8月には各地で生活の困窮を訴えるデモが発生した。2019年5月には、米国が8カ国に対するイラン産原油禁輸措置の適用除外を撤廃するに至り、歳入の柱だった原油輸出は激減した。このような経済制裁の再開を受けて、2018年6月頃から、自動車をはじめ製造業分野でもフランス企業等が二次制裁を恐れて相次いで撤退した。

 米国との関係悪化に加えて、2020年2月19日に中央部ゴム州で初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染者が確認されて以降、イランは感染拡大に苦しんでいる。現在、中東で最悪の累計感染者数を記録している(2020年6月29日時点で、累計感染者数22万5205名、累計死者数1万670名)。また、2020年6月19日には国際原子力機関(IAEA)が完全協力を要請する決議を採択するなど、イランを取り巻く状況は日に日に厳しさを増している。

 

図 通貨リヤールの対ドル・レート推移(2018年5月1日~2020年6月30日)

 

(出所)イラン通貨の実勢レートを提供するBonbasthttps://www.bonbast.com/より。図中は通貨トマーンでの表示(1トマーン=10リヤール)。 

 

評価

 現在、イランは全体として不況と物価上昇の二重苦に喘ぐスタグフレーション状態に陥っており、これがリヤール下落の背景にあると考えられる。こうした状況が生まれる要因には、米国からの厳しい制裁、中でも原油禁輸措置の影響が挙げられる。米国は「最大限の圧力」政策の下、2018年8月には主要産業分野での取引制限を含む第一段階の制裁を発動した『中東かわら版』2018年度No.47 参照)。これに続き、2018年11月にイラン産原油の段階的禁輸措置を含む制裁の第二段階を発動した『中東かわら版』2018年度No.80参照)。諸外国は二次制裁を恐れ、投資意欲を著しく後退させており、イランによる外貨獲得はほぼ遮断されている。また、もう一つの要因には、COVID-19拡大による経済活動の停滞が挙げられるだろう。

 しかし、これらは以前から顕在化していた問題であり、今回のリヤール下落の直接的な理由とはならない。それでは、何故、今リヤールが下落したのであろうか。この理由として、域内各国の経済情勢悪化による波及効果が挙げられる。シリアでは、米国が2020年6月17日に「シーザー・シリア市民保護法」を発動し、アサド大統領、及び、関連組織・個人等が制裁対象に指定された。当該制裁は、シリア経済とシリア国民のさらなる困窮化をもたらすものとみられるが、その影響はシリア国内だけに留まらないと考えられる(詳細は『中東かわら版』2020年度No.32参照)。実際、レバノンでは、対シリア制裁でレバノン経済が影響を受けることを恐れてレバノン・ポンドの売りが進んでいる。また、レバノンでは、2020年3月7日にディヤーブ首相が債務不履行を宣言し、同年4月下旬には各地でレバノン・ポンドの対ドル・レート下落に怒った住民らの抗議行動が発生した『中東かわら版』2019年度No.192参照)。こうした近隣諸国の動静は、イランの為替相場にも影響を与えていると考えられる。一方、2020年6月19日のIAEA決議の採択が、市場における将来への展望に対する警戒感につながった点も考慮されるべきであろう。

 IMFの統計によれば、2020年のインフレ率は34.2%と非常に高く、高い失業率と相まって国民生活を困窮させている。今後、イラン国民が政府に対する不満を募らせていくようであれば、大規模な抗議行動の発生等への警戒が必要となるだろう。イランでは、2019年11月中旬にガソリン値上げに対する抗議デモが各地で発生し、インターネットを遮断した上で治安部隊が群衆に対して実弾を用いて鎮圧した経緯がある(青木健太「イランにおける2019年抗議デモの要因と特徴――拡がる経済格差とその含意」『中東研究』第537号(2019年度Vol.Ⅲ)参照)。同様の対処に対しては、国際社会、及び、イラン国民から厳しい反応が予想される。このため、イラン政府としては国民感情を考慮する必要性に迫られているといえ、今後、金利引き上げ、COVID-19補償政策の充実、並びに、外貨準備高の確保等により国民の不満を低減できるかが焦点になるだろう。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

イラン

・「イラン:米国による対イラン制裁の第一段階発動に伴う影響の概要(~8月14日)」2018年度No.47

・「イラン:米国による対イラン制裁第2弾が発動」2018年度No.80

・「イラン:IAEA非難決議の採択と今後の見通し」2020年度No.35

シリア

・「シリア:米国が新たな対シリア制裁を発動」2020年度No.32

レバノン

・「レバノン:債務不履行を宣言」2019年度No.192

 

 <雑誌『中東研究』>

・青木健太「イランにおける2019年抗議デモの要因と特徴――拡がる経済格差とその含意」『中東研究』第537号(2019年度Vol.Ⅲ)、2020年1月、76-89頁.

(研究員 青木 健太)

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