中東かわら版

№36 エジプト:シーシー大統領がリビアへの軍事介入を示唆

 2020年6月20日、シーシー大統領は西部軍管区(リビア国境と接するマルサ・マトルーフ県に相当する)を視察した際にテレビ演説を行い、東西勢力の戦闘が続くリビア情勢に関し、エジプト軍がリビアに直接介入する可能性について示唆した。視察にはエジプトが支援するリビア東部の部族指導者も招待されていた。演説後、サウジアラビア、UAE、バハレーンの外務省はエジプトのリビアに介入する権利を支持すると表明した。演説の要旨は以下の通り。

  • シルト(地中海沿岸中部)はエジプトの国家安全保障上のレッドラインである。
  • 今やエジプトとリビアの国家安全保障は揺らいでいる。エジプトは必要な犠牲を払い、(国家安全保障の能力を有するエジプト軍として)ふさわしい態度を示す準備ができている。
  • リビアの諸勢力に現在の戦線を尊重し、紛争の政治的解決を目指す停戦交渉を開始するよう呼びかける。「カイロ宣言」は、国連安保理決議、パリ合意、ローマ合意、アブダビ合意、ベルリン合意に基づき、リビア人同士の紛争解決を呼びかけたものである。
  • リビア人民が介入を要請すれば、それは世界へのメッセージとなる。エジプト軍の進攻を命令するときは、リビアの諸部族の指導者が先頭に立つだろう。エジプトは、リビアの部族指導者の監督下で部族の若者を軍事訓練する用意がある。問題が終わればエジプト軍は撤退する。
  • 我々は、かつての時代の影響力を復活しようと試み、エジプト・リビアの安全と平和を脅かす敵対勢力に警告する。
  • エジプトが第三国の問題に介入しないと考えている者は孤立か退行状態にある。
  • リビア代表議会(東部議会)は人民によって選出された唯一の機関である。
  • エジプトは過去も現在も平和のために働き、国際法、国際的規則、国際的正統性を尊重する。

 

評価

 エジプトは既に内戦下のリビアに対して空爆を行ったことがある(2015年2月)。今回、改めて軍事介入の可能性を公言した理由は、トルコが西部の国民合意政府(GNA)勢力を公然と軍事支援し始めたことで、内戦の軍事バランスがGNAに傾きつつあるためである。演説内の「かつての時代の影響力を復活しようと試み、エジプト・リビアの安全と平和を脅かす敵対勢力に警告する」からも、エジプトがトルコに警告を発していることが読み取れる。シルトは石油の三日月地帯と言われる東部の油田地域と原油輸出港の入り口に位置する要衝で、GNAがシルトを制圧すれば、東西勢力が石油の三日月地帯を巡り激しい戦闘を展開することが予想される。トルコの軍事支援を得たGNA勢力がさらに東進すれば、トルコの軍事的脅威がエジプト側に近づくことにもなる。これは、ムスリム同胞団やイスラーム過激派の問題でトルコと激しく対立するエジプトにとって受け入れがたい状況である。そのため、シーシー大統領は、エジプトが軍事介入を辞さない強い意志があるというシグナルをトルコに送ったと考えられる。

 では、エジプトが軍事介入する可能性はどれほど高いのであろうか。また介入する場合、どのような形が想定されるだろうか。演説で言及されているように、エジプトはリビア国民(特に東部)からの要請を介入の国際的正統性と考えており、この条件はほぼクリアされている。したがってGNAによるシルト制圧が現実的になる時が、エジプトが軍事介入する可能性が高まる局面であろう。それを待たずに、以前のようにスポット的に空爆を行う可能性もある。ただし、トルコが支援するGNA勢力の進軍を止めるためには相当規模の部隊を投入しなければならず、軍事介入は債務とコロナ対策に喘ぐエジプト経済に多大な負担となる。それ以上に、トルコとエジプトの軍事対立は域内に深刻な影響を与えうる。したがって、軍事介入を避けるためにトルコに警告する内容の演説を行ったと見るべきであろう。今後、エジプトはアラブ諸国や欧米諸国との外交活動を通じて、トルコのリビア介入を停止させるよう働きかけると考えられる。

 

【参考情報】

 *関連情報として以下もご参照ください。

 <中東かわら版>
・「リビア:各国による内戦介入の動き」No.23(2020年5月22日)

(上席研究員 金谷 美紗)

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