中東かわら版

№34 サウジアラビア:コロナ禍の中の宗教警察

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止に向けて、サウジアラビアでは早期から厳しい移動制限を課してきた。しかし6月21日に、あらゆる外出・経済活動が解禁予定である。航空便国際線の操業については未定ながら、「日常」が戻りつつあることが日々の報道で示される。

 外出禁止の期間、意外にも精力的に活動していたのが勧善懲悪委員会(宗教警察)である。従来、委員会は市中をパトロールして、イスラームの規範の観点から人々の言動を取り締まる行政機関である。しかし、国際社会からはこのような宗教による市民の監視は人権侵害につながると批判され、また国内からは、委員会が市民の娯楽や交流を妨げると疎まれてきた。これを背景に、政府は2000年代以降に委員会の権限縮小を進め、2016年の「サウジ・ビジョン2030」発足までに逮捕権・捜査権を失った。政府としては、進めている開放政策のアピール材料が欲しかったことに加え、委員会の職務質問を嫌がって外出を控えていた女性の消費活動を後押しする意図もあった。

 こうして、勧善懲悪委員会はショッピングモール等から姿を消したわけだが、コロナ禍の初期から、委員会は衛生面や公共の場での密集にかかわる啓発運動に取り組んできた。具体的には、3月半ばに事務職員はテレワークを導入、パトロール職員は同月下旬から市内でマスク・手袋・消毒液等を人々に無料で配布した。そして4月下旬のラマダーン月開始以降は、外出や経済活動の制限を人々が順守しているかどうかをパトロールを通じて監視した。6月に入るとテレワークを概ね終了したが、引き続き看板設置をはじめとする啓発運動には精力的な様子である。

 

写真 テレワーク及びパトロール中の職員(出所:勧善懲悪委員会公式Twitter)

   

 

評価

 市民の姿が消えた街中で、市民の取り締まりを禁止された勧善懲悪委員会が精力的にパトロールする姿は皮肉な光景と言える。イスラームの規範に則った社会秩序の形成を国是とするサウジアラビアにおいて、風紀取り締まりを任務とする委員会の存在意義は自明であり、それこそが委員会側の矜持でもある。一方で政府にとっては、委員会の存在が国内の産業発展や市民の消費活動の妨げになる事態は望ましくない。これらを踏まえ、社会秩序の維持にかかわる活動で存在感を示したい委員会と、委員会を市民に対して可視化させたくない政府の双方にとって、コロナ禍の外出禁止は実のところ双方に互恵的な状況だったとも言える。

 もっとも、勧善懲悪委員会が活動方針やパトロールの広報にあたり、宗教的動機に多く触れなくなった点は、委員会自体の変化として重要だ。例えば4月下旬からのパトロールは、2016年以前ならラマダーン月に人々が斎戒を守っているかどうかの監視が中心になったはずである。しかし4月下旬から約1カ月間のパトロールに関しては、ラマダーン月に関連付けた広報がほとんど見られない。コロナ禍という特殊な状況を差し引いても、委員会の役割が次第に世俗化している様子がうかがえる。

(研究員 高尾 賢一郎)

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