中東かわら版

№33 イラン:米国・イラン間での囚人交換の実現と今後の課題

 2020年6月16日、米国のフック・イラン担当特使は外交問題評議会の講演で、「(イラン側と)囚人交換に関して対面協議(in-person meeting)をぜひしたい。これまで以上に囚人交換を加速できる」と発言し、イランとの直接交渉に前向きな姿勢を示した。また、フック特使は、「我々は対話に向けた扉を常に開いている。過去41年間の米・イラン間に横たわる様々な問題についても話し合える」と述べ、あらゆる分野で交渉が可能だとの見方も示した。

 近年、米国・イラン間では軍事的緊張が高まっていたが、その傍らで着実に囚人交換が実現してきた(下表)。2019年12月に米国人学生とイラン人研究者の囚人交換が実現した(表中の①を参照)他、6月4日には元米海兵隊員のホワイトとイラン人医師のターヘリーがともに釈放された(表中の④)。その前日、米国で2016年から拘束されていたイラン人科学者のアスガリーも釈放されている(表中の③。なお、同案件を囚人交換の一環と示唆する報道もみられたが、米国務省はこれを否定している)。

 ザリーフ外相は6月5日、更なる囚人交換に前向きな姿勢を示した。また、米国のトランプ大統領も6月5日に、「大きな取引(the Big deal)をするなら次の米国大統領選挙を待つ必要はない。いずれにせよ私は勝利する。今すぐでもより良い取引ができるだろう」と述べ、囚人交換以外の分野でも対話が可能との考えを示した

 

表 米国・イラン間の囚人交換を巡る最近の主な出来事

 

日時

内容

2019

12

7

イランで2016年にスパイ容疑で拘束された中国系米国人の王夕越(プリンストン大学博士課程学生)と、米国で2018年に非合法の素材を輸入した嫌疑で拘束されたイラン人のソレイマーニー(生物学研究者)がともに釈放された。

2020

2

16

ドイツで2018年に米国による制裁に抵触したとして拘束されたイラン人のハリーリーが釈放された。

2020

6

3

米国で2016年に輸出入管理上の機密を盗んだ嫌疑で拘束されたイラン人のアスガリー(材料科学者)が釈放され帰国した。

2020

6

4

イランで2018年に最高指導者を侮辱したとして拘束された米国人のホワイト(元米海兵隊員)と、米国で2018年に制裁に抵触したとして拘束されたイラン人のマジッド・ターヘリー(医師。別名マッテオ・タエッリ)がともに釈放された。

(出所)報道をもとに筆者作成

 

評価

 囚人交換が進展した背景には、(1)スイス政府による仲介、及び、(2)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響があると考えられる。(1)スイス政府による仲介に関し、1980年から米国とイランは国交を断絶しているため、イラン国内ではスイス大使館が米国の利益を代表している。スイスという第三者が仲介することにより、米国との直接交渉を忌避するイラン体制(ハーメネイー最高指導者、及び革命防衛隊に代表される治安機構と宗教界を含めた中央権力)からも交渉への許可が下り、結果、囚人交換が実現したと考えられる。また、(2)COVID-19の影響も無視できない。米国・イラン間での囚人交換に関する議論は2019年から始まっていたが、2020年1月3日に発生したソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害事案により、一時中断していた(2020年6月8日付『CNN』)。本年3月頃からホワイトの容体が悪化し、COVID-19の症状が現われたため、釈放に向けた動きが加速した。

 今後、米政府高官は、囚人交換をブレイクスルーにしてイランとの直接交渉に持ち込みたい姿勢をみせているが、実現する見通しを持つことは難しいだろう。その理由は、「アメとムチ」によって交渉の席につけさせようとする米国の呼びかけに対して、イラン体制が応じる可能性が低いからである。2018年5月に米国はイラン核合意(JCPOA)から離脱し、同月21日にポンペオ国務長官はイランに対して12項目の要求を突きつけた。また「最大限の圧力」政策の下、銀行取引制限、及び、原油禁輸措置の発動を通じ、徹底的にイランの経済を疲弊させて政策変更を促す強硬な策略をとっている。イランとしては、交渉に応じることは米国に屈服することに等しい、と認識されるだろう。

 他方、両国間の信頼醸成の観点からは、囚人交換は有益だったと評価できる。囚人交換に関する交渉過程で、フック特使はイラン人外交官と直接対話をしたことを認めている。米国・イラン間の緊張緩和に向けた打開策が見いだせない中、このような地道な信頼醸成の積み重ねが、将来功を奏する可能性は残されている。

(研究員 青木 健太)

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