中東かわら版

№32 シリア:米国が新たな対シリア制裁を発動

 2020年6月17日、米国のシリアに対する新たな制裁を定めた「シーザー・シリア市民保護法」が発動し、商務省と国務省は制裁対象となる39の団体及び個人を発表した。同法は2019年12月20日にトランプ大統領が署名し、6カ月後に発効することが決まっていた。

 この制裁では、シリア紛争の政治的解決を妨害した人物、アサド体制の軍事行動・航空産業・石油ガス産業を支える財・サービス・技術の獲得を促進した人物、シリア復興事業に関与することでシリア紛争から利益を得た人物が制裁対象となり、米国への入国、また米国金融システムへのアクセスが禁止される。アサド大統領、アスマ大統領夫人、シリア軍第4師団長のマーヒル・アサド(アサド大統領の弟)、イランの軍事組織、シリア復興事業に関係してきた周辺諸国の企業などが具体的な制裁対象となる。

 17日のポンペオ国務長官及び国務省報道官の記者会見では、制裁の目的はシリア国民を傷つけることではなく、多数の民間人の殺害、恣意的拘束、爆撃による生活インフラの破壊を行い、人口の半分を避難民にさせたアサド体制に対して、暴力と破壊のアカウンタビリティを促すこととされた。米国は、アサド体制、イラン、ロシアが民間人や民間施設(特に医療施設)に対する爆撃を停止し、政治犯の解放、紛争の平和的解決への関与が確認されれば、制裁を解除すると主張している。

 

評価

 新たなシリア制裁の重要な点は、シリア国内の事業に参入し利益を上げようと考えていた周辺諸国企業(レバノン、サウジ、UAEなど)に対して、既に開始された事業や今後の事業計画を停止させる圧力となることであろう。新制裁によってシリアの各産業は打撃を受け、市場に必要な物資が供給されず、物価はさらに高騰すると思われる。既に、今回の制裁が発動されることへの懸念からシリア・ポンド売りが進み、ポンドの対ドル・レートが大幅に下落している。また、物価高騰の不満から政府に対する抗議が政府支配地域でも行われている。米国は制裁を通じてシリア経済を窮地に追い込むことで、アサド政権に軍事行動を放棄させることを狙っていると考えられる。しかし、軍事行動の停止はシリア北部における武装勢力の領土支配を容認し、トルコや米国の影響力が同地に残ることを意味するため、アサド政権が制裁解除の条件を受け入れる可能性は極めて低い。したがって、制裁はシリア経済とシリア国民のさらなる困窮化をもたらし、同国が混乱状態に陥る効果しか持たないだろう。

 また、今回の対シリア制裁は、歴史的にシリアと深い関係のあるレバノン経済をさらに窮地に追い込む恐れがある。最近のレバノン・ポンドの対ドル・レートの急落の一因は、対シリア制裁でレバノン経済が影響を受けることを恐れてレバノン・ポンドの売りが進んだことにあるため、対シリア制裁の発動でレバノン経済は危機的状況が続くと考えられる。このように、対シリア制裁は周辺諸国の経済にも影響を及ぼし、これらの国々における社会経済的混乱と闇経済の発展をもたらすと考えられる。

 

【参考情報】

*関連情報として以下もご参照ください。

 <中東かわら版>

(上席研究員 金谷 美紗)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP