中東かわら版

№18 アルジェリア:憲法改正草案の発表

 大統領府は2020年5月7日、憲法改正草案を発表した。憲法改正は、タブーン大統領が昨年12月の大統領選挙時に抗議デモ側の要求に応じるための公約にしており、今年1月発足の専門家委員会が草案の作成を進めてきた。政府は各政党や市民団体などと協議し、最終的な改正案を固めていく予定である。

 専門家委員会が提言した主な改正点は以下の通りである。大統領任期(任期5年、再選1回)については、2016年憲法から変更はない。

  • 副大統領職の設置(大統領に任命権が付与)
  • 大統領職代行規定の変更(現規定では上院議長による最大90日間の代行。改正後は副大統領が最大45日代行し、45日後に大統領が職務遂行不能である場合、残りの大統領任期も代行する)
  • 軍の海外派遣容認(議会承認後、大統領が派遣決定)
  • 憲法評議会に代わる憲法裁判所の設置(国会任命枠が変更。現規定では全構成員12名のうち4名は国会議員から選出。改正後は上下院議長がそれぞれ2名ずつ非国会議員かつ政党に所属しない者を任命する)
  • 首相の名称変更(第一大臣al-wazir al-awwalから政府の長ra’is al-hukumaに変更)

 今回の発表を受け、与党・民族解放戦線(FLN)は憲法改正の議論を歓迎する一方、野党や市民団体は政府の憲法改正プロセスを問題視する。タブーン政権に反対する諸政党・団体から成る「民主主義の代替協定の勢力」は8日、新型コロナウイルス感染拡大に伴う危機的な状況下で政治行程を強行した政府の対応を批判した。

評価

 タブーン政権は、2019年2月より続く抗議デモが新型コロナウイルス感染拡大を理由に中断したことを憲法改正の契機に捉え、これを押し進めた。その背景には、政治混乱の収束に向けた反政府勢力との対話の試みが行き詰っていることがある。反政府勢力の多くは、昨年の大統領選挙の実施に賛同しておらず、タブーン政権の正統性を認めていない。また憲法改正プロセスにおいては、政府選定の専門家が草案を作成するのではなく、幅広い国民から選出した制憲議会が作成を担うべきであると考える。タブーン政権が反政府勢力に対して強気な態度で臨んでいる側面は、この数カ月、反政府勢力のメンバーに対する逮捕や判決が相次いでいる点からもみられる。

 改正箇所の注目点は、まず副大統領職の設置と大統領職代行規定の変更である。現在の大統領職代行規定では、上院議長の最大任務期間は90日間である。しかし、昨年ベンサーリフ暫定国家元首が90日内に次期大統領選挙を実施できず、政権の正統性を問題にされた経緯がある。副大統領ポストの設置はこうした政治混乱を避ける狙いがある。加えて、副大統領が45日後も残りの大統領任期を代行できることは、副大統領が選挙を経ずに大統領に就任できる可能性を示唆する。

 次に、軍の海外派遣容認は外交政策の転換につながるという点で注目に値する。アルジェリアはこの数十年、他国への非介入主義の原則を掲げ、軍を海外派遣しない方針を堅持してきた。改正点での軍派遣目的は平和構築活動であるため、国連平和維持活動への参加が予想される。しかし、隣国リビアで紛争が激化しており、サヘル地域ではイスラーム過激派が伸張するなど、アルジェリア周辺地域での不安定な治安状況に鑑みると、アルジェリア軍が国内の安全保障の観点から、他国への武力介入に踏み切る可能性も否定できない。

 一方、憲法評議会に代わる憲法裁判所の設置は、司法改革を演出した形式的な変更に過ぎない。大統領が憲法裁判所議長及を含む全構成員の3分の1の任命権を保持し、また与党に属する国会議長の任命枠も4名ある。つまり、実質的には政府の任命枠は全構成員の3分の2であることから、政府の意向が憲法裁判所の活動に大きく反映される可能性がある。

 同様に、首相の名称が「政府の長」に変更されたことも、権力分有や大統領権限の縮小を図る演出であると考えられる。「政府の長」はもともと2008年憲法改正時に削除された肩書であるが、2016年憲法改正時に議論されず、今回の改正草案に再追記された。しかし、草案段階で首相の権限が大幅に拡大したという改正箇所は見当たらず、大統領が首相の任免権や議会の解散権を維持する。したがって、タブーン政権による憲法改正は反政府勢力を満足させるような抜本的な政治改革にならない可能性があり、同政権が憲法改正プロセスを進めることで、反政府勢力の反発はさらに強まっていくと考えられる。

(研究員 高橋 雅英)

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