№17 アフガニスタン:各地で複数の治安事案発生とその示唆
2020年5月11~12日、アフガニスタン各地で複数の治安事案が発生した。詳細は以下の通りである。
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日付 |
場所 |
詳細 |
犯行声明の有無・主体 |
① |
11日 |
東部ラグマーン州アリーシェング郡 |
治安部隊の哨戒所に対する攻撃があり、交戦の末、国軍兵士27名が死亡し、10数台の高機動車が損壊した。 |
ターリバーンはカーブル行政機構(注:アフガニスタン政府を指す)が支配領域を拡げようとしたことに対して抵抗した、として実行を認めた。 |
② |
11日 |
北部バルフ州バルフ郡 |
政府側による誤爆で民間人9名が死亡、11名が負傷した。国軍報道官は、「標的は武装勢力であり、死者に民間人は含まれていない」と主張している。 |
地元住民によれば死傷者は全員民間人だったと報じられている。 |
③ |
12日 |
首都カーブル州第13区ダシュテ・バロチー地区 |
『ハシュテ・ソブフ』(独立系)によれば、国際NGO「国境なき医師団」が産婦人科病棟を運営する国立総合病院に3名の武装勢力(注:4名との報道もある)が侵入し、病院内にいる民間人に対して無差別に発砲した。治安部隊との数時間にわたる交戦の末、武装勢力全員が射殺された。民間人16名(新生児2名含む)が死亡、16名が負傷した。 |
ターリバーンのムジャーヒド報道官は、本事案と「イスラーム首長国(注:ターリバーンを指す)」は一切関係ない、と実行を否定した。
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④ |
12日 |
東部ナンガルハール州シェイワ郡 |
アクラーム元クズクナル郡地元警察司令官の葬式会場で自爆攻撃があり、24名が死亡、68名が負傷した。 |
ターリバーンのムジャーヒド報道官は、この事案への実行を否定した。他方、「イスラーム国」は、ナンガルハール州の葬式における自爆攻撃で100名超を死傷したと実行を主張した。 |
(出所:各種報道を基に筆者作成)
こうした状況を受けて、12日夜、ガニー大統領はテレビ演説を行い、ターリバーンが度重なる停戦への呼びかけを拒否したことを非難するとともに、同勢力に対して軍事攻勢を仕掛けると述べた。
これに対して、ターリバーンのムジャーヒド報道官は「アシュラフ・ガニーによる戦争宣言」と題する声明を発出し、カーブルの病院に対する攻撃は「イスラーム国」によるものだとの立場を示すとともに、ガニー大統領こそが戦争を望んでいると反論した。
評価
海外ではこれらを直ちにターリバーンと結びつける報道も見られるが、まずは誰が、何に対し、どのような攻撃を実行したのかを個別の事案毎に明確にし、その上で冷静に分析・反応することが重要である。現時点で、ターリバーンは事案③と④への関与を否定している一方、「イスラーム国」が事案④の実行を主張している。ターリバーンによる否認を額面通り受け取ることはできないとはいえ、人々からの支持を根こそぎ奪い得る今般の民間人殺傷事案に関与することが将来の統治を見据えるターリバーンを利さないのは事実であろう。また、事案①は、ターリバーン支配領域に政府側が新たに哨戒所を設置したことを受けて、ターリバーンが民間人ではなく治安部隊に対して反撃したものである。事案②は、政府側による民間人への誤爆事案であるとみられる。
また、今回の一連の事案が示唆していることとして、以下2点が挙げられる。第一に、本年2月の米国・ターリバーン間の和平取引では、「イスラーム国」等の国際テロ組織による脅威を完全に取り除くことはできない点が挙げられる。和平取引では、米軍がアフガニスタンから段階的に撤退する代わりに、ターリバーンはアル=カーイダをはじめとする国際テロ組織にアフガニスタンの国土を使用させないことになっている。しかし、ターリバーンがアフガニスタン全土を実効支配しているわけではなく、その合意の履行が必ずしも可能でないことが図らずも示された。米国としては、和平取引の合意によりアフガニスタンを再びテロの温床にしない状況を作り出したかに見えたが、想定通りに物事が運ばない懸念が残る。
第二に、ガニー大統領の今次決定が、和平過程の阻害要因になる懸念もある。ターリバーンが事案③と④に関与した確証がない中、ガニー大統領は一方的にターリバーンを非難した上で軍事攻勢を激化させる姿勢を示した。それに対してターリバーンが反撃することは避けられず、今後より一層の治安悪化が懸念される。無辜の市民、特に、女性と子どもに対する惨劇を受けて国民の悲しみは深く、ガニー大統領としては厳しい対応を迫られたといえる。他方、和平の実現に向けては、当事者双方が非難の応酬に陥るのではなく、和平取引の理念と合意事項に則り、信頼醸成に努めることが求められるだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・「アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素」2019年No.185
<中東分析レポート>【会員限定】
・「アフガニスタン和平の現状と展望 ――ターリバーンの軍事・政治認識を中心に」R19-13
・「新型コロナウイルスの流行と一進一退するアフガニスタン和平過程」R20-03
(研究員 青木 健太)
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