№1 イラン:INSTEXを通じた初の貿易取引実現とその意義
- 2020イラン湾岸・アラビア半島地域
- 公開日:2020/04/02
2020年3月31日、英・仏・独3カ国(E3)は、INSTEX(※注)を通じた初の貿易取引が実現したと発表した。共同声明の概要は以下の通りである。
- 仏・独・英(順番は原文ママ)は、欧州からイランに対する医療資材貨物の輸出を手掛け、INSTEX初となる取引を成功裏に完了したことを確認する。既に貨物はイラン国内にある。
- INSTEXは、イラン核合意(JCPOA)を維持する為の努力の一環として、欧州・イラン間の正当な貿易に向けた持続可能、且つ、長期的な解決を見出すことを目的とする。
- 今般、初の貿易取引が完了したので、INSTEX、及び、イラン側のカウンターパートである特別貿易金融機関(STFI)は、より多くの取引とこのメカニズムの拡大に向けて協働する。
先立つ3月2日、E3は、新型コロナウイルス感染拡大への対策として、イランに対する国際機関を通じた約500万ユーロ(約5億8000万円)の財政支援、並びに、医療資機材の物的支援を公表していた。
※注:INSTEXとは、Instrument in Support of Trade Exchangesの略で、欧州諸国がイランとの米ドル以外、及び、SWIFT以外の貿易を促進するために2019年1月に設立した特別事業体(SPV: Special Purpose Vehicle)。
評価
イランはJCPOAにより核開発の大幅な制限を受け入れたにもかかわらず、2018年5月に米国がJCPOAから一方的に離脱したことで、当初合意されていた恩恵(制裁解除)を享受できずにいた。こうした状況にあった2019年1月、E3はINSTEXを設立し、イランへの救済措置を講じる姿勢を示してきた。確かに、INSTEX設立当時から、その取扱い品目が人道支援物資(食料、医薬品等)に限られていることは、イラン側から経済状況の改善には不充分であるとの批判が出ていた。しかし、今般、イランが新型コロナウイルスによって中東地域で感染者・死者数ともに最悪の犠牲を被る中(詳しくは当調査会HP「中東の新型コロナウイルス感染状況」参照)、INSTEXがその真価を発揮したことは、イラン国内での感染拡大防止の面で意義があるといえよう。
他方、INSTEX設立から初取引までにおよそ1年2カ月もの長時間を要したことで、JCPOA維持の面では遅きに失した心象を抱かざるを得ない。INSTEXの活用が敬遠された理由には、米国による二次制裁を恐れて各国が二の足を踏んだ可能性が挙げられ、E3だけに責任を帰すことができない側面はある。とはいえ、本年1月14日、E3は、イランによるJCPOA履行一部停止措置の第5弾を踏まえて紛争解決メカニズムを発動させ、既にJCPOAは破綻過程を辿り始めている(詳しくは中東分析レポート「JCPOAのゆくえ#2:破綻過程の進展とイランの現況」【会員限定】を参照)。今後もJCPOA合同委員会等を通じて救済に向けた協議の継続は予想されるものの、現在JCPOA維持に向けた機運は著しく低下しており、今回の措置が起死回生の一手になるとは考えにくい。ただ、E3にとってみれば、未曽有の人道的危機において、イランとの信頼情勢の足掛かりを築くことができた点は一定の成果だといえるだろう。
【参考情報】
*関連情報として、下記レポートもご参照ください。
<中東かわら版>
・イラン
「イラン:新型コロナウイルス感染拡大の背景と影響」『中東かわら版』2019年No.200
・中東
「中東:新型コロナウイルス対策事情」『中東かわら版』2019年No.201
<中東分析レポート>【会員限定】
・「JCPOAのゆくえ#2:破綻過程の進展とイランの現況」R19-10
・「イラン第11期国会議員選挙の結果とその影響 ――有権者の投票行動に着目して――」R19-12
*中東諸国の新型コロナウイルス感染状況について、当会ホームページ上で随時アップデートし、公開しております(トップページ右上)。皆様のご活動や情報収集に是非お役立てください。
(研究員 青木 健太)
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