中東かわら版

№50 イラン:無人偵察機の撃墜事件

 2019年6月20日、イスラーム革命防衛隊(IRGC)が、ホルムズ海峡に近い南部ホルモズガーン州のクーフ・モバーラク(クモバラク)付近で、米国の高高度無人偵察機を撃墜したと発表した。同日、ザリーフ外相や外務省のモウサヴィー報道官らは、同機が領空侵犯したことが原因であるとしてこれを非難した。また、タフテラヴァーンチー国連大使は、国連のグテーレス事務総長へ今般の事件に係る書簡を提出した。その中で、イランは米国との対立や戦争を求めているのではなく、自衛のために撃墜したと説明している。

 一方、米国は、ホルムズ海峡上空の国際空域を飛行中に同機が撃墜されたと説明している。撃墜されたポイントがイラン領空であったのか、国際空域であったのかについて、米国・イラン双方の主張が食い違っている状態だ。

 

1.IRGCが主張する撃墜ポイント

(出所:イラン・ミリタリー・チューブ)*矢印は報告者による

2.ザリーフ外相が示した撃墜ポイント

(出所:6月20日付ツイート)*矢印は報告者による

3.米国が主張する撃墜ポイント

(出所:米国防総省)*矢印は報告者による

 

評価

 今般の事件は、イラン・米国間の緊張が更に高まる危険性が懸念されていることから、国際社会の注目を集めている。その焦点は、問題の無人偵察機がイラン領空と国際空域のどちらで撃墜されたのかにある。

 イラン側が公開した映像とザリーフ外相が提示した画像は、多少のずれはあるものの、いずれもイラン領域内を示している。一方で、米国の公開画像及び映像は国際空域を示しており、両者の見解は食い違っている。しかし、ホルムズ海峡を通る国際水路は、イランとオマーンの領海の間に設けられた狭路である。そのため、この付近を通過する際、どちらかの領域にはみ出す可能性は十分に考えられるため、検証は難しいだろう。

 今般の事態に対し、トランプ米大統領は当初「イランは大きな過ちを犯した」(6月20日付ツイート)と強気の姿勢を示した。しかし、その後の記者会見において誤射の可能性があるとし、これが有人機であれば事態は大きく変わっていたと述べて、イランとの対立を回避するようなスタンスを示している(6月20日、記者会見)。

 フジャイラ沖でのタンカー攻撃事件(第1報第2報)やサウジでのパイプライン攻撃事件、オマーン湾でのタンカーへの攻撃事件と、湾岸地域では先月から立て続けに事件が発生し、その責任をイランに求めるような空気が醸成されている。それに伴い、米国とイランの対立も先鋭化されてきているように見える。しかし、イランのスタンスは昨年の米国によるイラン核合意(JCPOA)離脱以来変化しておらず、外交交渉を基礎とした国際協調路線を貫いている。先月発表されたJCPOAの履行一部停止に関しても、それを盾に当事国との交渉を行うための外交カードとしての意味合いが強い。

 先般のタンカー攻撃事件に関連してグテーレス事務総長が述べたように、第3者機関による証拠の精査なしに、特定の国や主体による犯行を推察・断定するような風潮が事態を悪化させる危険性がある。こうした事態を避けるためには、国際社会全体が、ヘイトスピーチや過激な言動の応酬に対して冷静で客観的な姿勢をとることが、今まで以上に必要となってくるだろう。

 

【参考情報】

*今般の事件に関連した情報として、下記レポートもご参照ください。

 ・「サウジアラビア:フーシー派によるミサイル攻撃」『中東かわら版』No.44

 ・「サウジアラビア:ムハンマド皇太子へのインタビュー掲載」『中東かわら版』No.46

 ・「オマーン湾での船舶攻撃事件」『イスラーム過激派モニター』【会員限定】(2019年4号)

『中東トピックス』(会員限定)

 中東トピックス(2019年4月号)No.T19-01

 「3.イラン:周辺各国との協議が活発化」

 「4. サウジアラビア:イラン包囲網は堅調か」

 中東トピックス(2019年5月号)No.T19-02

 「3.イラン:ザリーフ外相の諸国歴訪」

 「6.GCC:緊迫する域内情勢とサウジの攻勢」

*中東情勢講演会(6月7日)において、現在の米国、サウジ、イランのスタンスが確認され、今後の展望について考察が行われました。

*7月1日の中東情勢講演会 岡 浩・中東アフリカ局長「最近の中東情勢と日本の外交」【会員限定】において、現在のペルシア湾岸情勢についてもお話を伺う予定です。

(研究員 近藤 百世)

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