中東かわら版

№49 イラク:地域情勢緊張の影響 #2

 2019年6月20日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)は、イラクでアメリカや外国の施設に対する砲撃が続発しているとして要旨以下の通り報じた。

  •    6月18日夕刻、モスルの「ニナワ作戦司令部」にカチューシャ・ロケットが着弾した。この拠点には、アメリカ軍の施設も設置されている。過去1週間で、バグダードとモスルでアメリカ軍の拠点が置かれている軍事施設、或いはその近辺では4件の砲撃事件が発生している。いずれも人的被害や大きな物的損害は出ていない。
  •  6月19日早朝、バスラの石油企業複数が立地する街区にカチューシャ・ロケットが着弾した。砲撃により、イラク人の従業員3人が軽傷を負った。これを受け、同街区に入居していたエクソン・モービル社は外国人従業員21人をドバイに退避させた。イラクの石油省の報道官は、生産業務はイラク人従業員が担っており、外国人職員は投資・技術職員に限られているので、いかなる企業が外国人従業員を退避させても生産には影響しないと表明した。
  • いずれの砲撃についても犯行声明は出回っていない。バスラの地元自治体の首長は、石油企業に対する砲撃を「イランに支援された集団がアメリカにメッセージを送るためにエクソン・モービルを狙ったものだと思う」と主張した。イラク国内では、イランの支援を受ける武装勢力諸派が活動しているとともに、アメリカ兵約5200人が駐留している。

 

評価

 今般の報道は一連の砲撃を全てイランかその配下の武装勢力の仕業であるとの予断に基づき、アメリカとの緊張激化を受けたイランによるイラクの治安攪乱工作が行われているかのように印象付けようとする趣旨のように見受けられる。その一方で、砲撃についての確たる捜査情報やイラク政府の高官による見解が発表されているわけではないため、アメリカとイランとの緊張激化とイラクの治安情勢推移とが相関していると安易に断定すべきではないだろう。

 イラクの政局においては、バグダードのグリーン・ゾーン、外国の軍事拠点や経済権益、石油施設に対する砲撃や、これらの施設の近辺での示威行動が政治的なメッセージとして行われる。これにより、当該施設やそこの居住者・従業員に被害が生じる可能性が上がることも確かである。しかし、この種の行動が、あくまで別の当事者に返答・反応を求めたり、交渉や意思疎通を促したりする「メッセージ」として行われている限り、それによって物理的な戦果を狙うような攻撃に発展する可能性は低いだろう。

 ただし、砲撃や治安上の脅威情報によってイラクに駐在する外交団や企業の活動が制約を受けることは、イラクでの経済活動やイラク人民に対する支援活動に悪影響を与える。ここでイラクの政治・経済・社会の文脈を無視して地域の緊張の当事者による破壊工作や攪乱に与する行為は、イラク政局のいかなる当事者にとっても有益なことではないだろう。イラクの政府や人民には、アメリカとイランとの関係をはじめとする地域情勢の推移を鎮静化させるような影響力が乏しいため、地域の国際関係の進展から疎外された状態でその被害だけを被る状況が続く恐れがある。

 

参照

中東かわら版 2019年№35 イラク:地域情勢緊張の影響

(主席研究員 髙岡 豊)

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