中東かわら版

№200 イラン:新型コロナウイルス感染拡大の背景と影響

 2020年2月19日、中央部ゴム州で2名の感染が初確認されて以降、イランでは感染者数・死者数ともに中東で最悪の被害を受けている。2020年3月26日時点で、感染者数は2万9406名を数え(内、1万457名が回復)、死者数は2234名となった(同日付国営通信『IRNA』)。被害者は市民だけに留まらず、政府高官にも及んでいる。具体的には、ハリールチー保健事務次官やエブテカール副大統領等への感染、及び、ミールムハンマディ公益判別評議会委員や第11期国会議員選挙テヘラン州選出のラフバル議員の死亡(各々3月2日、7日)等が確認されている。

 これに対し、イラン政府は感染拡大阻止に向けた諸措置を講じた(図表1)。

 

図表1 イラン政府による新型コロナウイルス拡大への主な対応

月日

内容

1月

31日

中国発着の航空便全便を一時停止した。

2月

5日

中国武漢からイラン国籍者56人が帰国し、2週間の検疫を受けた。

 

19日

保健省は、中央部ゴム州で高齢の男性2名が新型コロナウィルスに罹患し死亡したと発表した。

 

23日

テヘランを含む国内14都市で、学校、大学、映画館、劇場が閉鎖された。また、公共交通機関の殺菌処理が実施された。

3月

9日

ライーシー司法府長官は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため囚人7万人を一時釈放すると発言した。

 

9日

ハーメネイー最高指導者は、毎年恒例の東部マシュハドにおけるイマーム・レザー廟でのノウルーズ演説を中止した。

 

12日

中央銀行のヘンマティ総裁は、新型コロナウイルス感染拡大を受けて、IMFに対して50億ドル(約5500億円)を貸付要請したと明らかにした。

 

12日

ザリーフ外相は、国連のグテーレス事務総長に書簡を送り、米国による制裁を解除するよう要請した。

 

12日

ハーメネイー師は、バーゲリー軍参謀長に対して、治療・保健施設を建設するよう指示した。

 

13日

ロウハーニー大統領は、世界各国の指導者に対して書簡を送り、米国による不当な制裁を解除する必要性を訴えた。

 

14日~

イマーム・レザー廟が閉鎖された(16日までの3日間)。

 

14日

テヘラン市コロナ対策本部のザリー部長は、テヘラン市の出入り口に管理拠点を設け、全ての往来車両を検査すると発言した。また、今後、全ての事務所を閉鎖する措置を発動する可能性があると述べた。

 

22日

テヘラン当局は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、全ての商業施設(食料や必需品販売店を除く)に対して閉鎖するよう指示を出した。

 

25日

革命防衛隊のパークプール陸軍司令官は、3月25日から新型コロナウイルス対策として生物防衛演習を開始することを明らかにした。

 

25日

ラビエイー政府報道官は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため都市間移動を禁止すると発言した。

 

 感染拡大が続く中、独立系の『ISNA』によれば、3月25日、ライーシー保健副大臣はイランにおける新型コロナウイルスの感染源について以下の通り述べた。

 

  • ゴム州で初感染者が確認されて以降、保健省の疫学専門家チームが調査を行った結果、発生当時にゴム州に滞在しており中国との往来があった中国人労働者、及び、学生と明白な関連があることがわかった。先ず、最初の感染源はゴム州であり、そこから他地域に伝染したと推察される。
  • しかし、現時点では、ゴム州に加えてギーラーン州(注:テヘランから見て北西に位置するカスピ海沿いの州。図表2参照)を含む2拠点が感染源だった可能性が残っている。但し、ギーラーン州については根拠が完全ではないことを強調する。現在受けとっている情報によれば、中国武漢在住の学生数名(注:イラン人と思われる)が、武漢での隔離前にギーラーン州に帰国していた模様である。今後も調査を継続する。

 

図表2 イランにおける新型コロナウイルス感染源が疑われる地点 

 先立つ2月25日、『RFE/RL』(アメリカ資本)は、イラン政府が中国発着の航空便を一時停止して以降も、民間航空会社のマーハーン航空がテヘラン-中国4都市(北京、上海、広州、深圳)間の運航を2月23日まで継続しており、その総数は55便に及んだ、と報じていた。  

評価

 イランにおける新型コロナウイルスの感染被害は中東地域で突出しており、何故イランでこれ程までに感染が拡大したのかは大きな疑問となっていた。2月中下旬にかけて、中東の周辺諸国でも感染が確認されるに至り、各国は相次いでイランからの入国制限を科すなど、イランを地域の感染源と見做すようになっていた(詳しくは『中東かわら版』2019年No.184参照)。今般、保健省が、感染源はゴム州における中国人労働者、及び、学生だと断定したことで、問題の背景が次第に明らかになってきたといえよう。

 他方、本件を以て全貌が明らかとなったわけではない。確かに、水際対策が不充分だったために、新型コロナウイルスの伝染を招いたことは事実だと考えられる。しかし、その後に、どうして他国と比べてイラン国内でこれ程大きく感染が拡がったのか、は必ずしも明らかではない。考えられることとして、当初、イラン政府が新型コロナウイルスの脅威を過少評価しており、外出禁止令、都市封鎖、都市間移動禁止等の断固たる措置を講じなかったことが要因となった可能性が挙げられる。アメリカからの制裁により、医薬品や検査キットの不足、保健医療体制の整備の遅れが深刻であることも、感染拡大の要因の一つであろう。また、周辺国に感染が拡大した理由として、ゴム州は第8代イマーム・レザーの妹ファーティマの廟を擁するとともに多くの名門神学校が集う、イラクのナジャフと並ぶシーア派諸学の中心地であり、多くの参詣者が行き来することが挙げられる。

 今後、中央銀行がIMFに巨額の貸付要請をしていることが示す通り、治療・救急対応、保健医療体制整備への支出が嵩み、アメリカからの厳しい経済制裁と相まって経済的に立ち行かゆかなくなる可能性が排除されない。こうした状況下、日本は国際機関を通じて約25億円の支援を決定しており、クウェイトやカタルなども支援を表明している。イラン政府は、諸外国や国際機関に書簡を送るなど、アメリカからの制裁解除への働きかけも強化している。イランとしては、今回の危機を制裁解除へとつなげたいところだろう。

(研究員 青木 健太)

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