中東かわら版

№191 シリア:イドリブ県についてロシアとトルコが停戦合意

 2020年3月5日、ロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領が首脳会談を行い、シリア北東部のイドリブ県での停戦で合意した。同県では、シリア政府軍とイスラーム過激派を支援するトルコ軍との戦闘が激化し、ロシアも含めて緊張が高まっていた。主な動きは以下の通り。

図:2020年3月6日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

凡例

オレンジ:クルド民族主義勢力

 青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

 黒:「イスラーム国」

 緑:シリア政府

赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍

 紫点線:ロシアとトルコとの合意に基づくM4周辺の「安全地帯」

 

 プーチン大統領とエルドアン大統領は、シリアの主権・領土の統一の尊重とテロ対策のための共同行動の原則に基づき、以下の3点を基幹とする合意に達した。

1.3月6日午前0時から、全戦線で戦闘行為を停止する。

2.M4の南北に幅6㎞の「安全地帯」を設置する。

3.3月15日から、上記の「安全地帯」でロシアとトルコが合同パトロールを行う。

 

評価

 2月半ば以降、トルコ軍とシリア軍との交戦が頻発し、双方で多くが死傷した。トルコ軍の支援を受けた「シャーム解放機構」などイスラーム過激派諸派は、一時M4とM5が交差するサラーキブ市を再占拠したが、政府軍が再度奪回し、同地には「トルコの攻撃を防止するため」ロシアの憲兵部隊が進駐した。トルコのエルドアン大統領は、シリア政府軍を2018年9月のソチ合意に基づいて設置された「非武装地帯」まで押し戻すと宣言していたが、今般の合意は2020年1月以降に政府軍の前進によって生じた新たな現実を変更していない。これは、エルドアン大統領自身がイドリブ県での状況悪化の責任をシリア政府に帰し、シリア政府軍の撃退を唱える一方で、ロシアとは敵対しないという矛盾した方針をとっていることから、ロシアとの対決を避けざるを得なかったことに起因する。ロシアは、シリア政府軍のイドリブ県での作戦を支援し、現地でも部隊が活動している。また、シリア・ロシアとの緊張激化に際し、トルコはアメリカをはじめとするNATO諸国から政治・軍事の両面で実質的な支持・支援を獲得できなかった。このことも、トルコがロシアに対し自らの主張を貫徹できなかった要因であろう。トルコは、同国内の「シリア難民」がEU諸国に向けて出国するのを「制止しない」と決定し、多数の移民・難民がEU諸国に向けて移動したが、このような政策はEU諸国からの支持獲得には結びつかず、移民・難民を外交的なカードとして利用したトルコへの心証を悪化させたと思われる。

 ここまでの軍事情勢で焦点となってきたM4、M5の両幹線道路は、もともとは2018年のソチ合意に基づき同年中に再開すべきものだったが、再開は実現しなかった。また、ロシアがトルコに対して強く主張してきた「イスラーム過激派と反体制派とを峻別し、前者と絶縁する」ことは、現在まで実現していない。むしろ、最近の戦闘でトルコがイスラーム過激派諸派を支援したことにより、ロシアは「トルコ軍の拠点とイスラーム過激派の拠点とが一体化している」とみなして態度を硬化させた。

 今般の停戦合意は、一応の停戦と「安全地帯」の設置を決めたが、M4の再開問題と、イスラーム過激派の討伐という問題については特段触れていない。特に、イスラーム過激派はこれまでシリア紛争について、あらゆる政治解決も国際的な停戦約束も拒絶し、その当事者ではないと主張してきた。最近の戦闘ではイスラーム過激派諸派がトルコ軍と共闘してきたが、「シャーム解放機構」のような有力な団体が今般の停戦合意の拒絶を公言するようならば、同派自身だけでなく後援者であるトルコの立場をも難しくするだろう。

 一方、シリア政府軍は、M5の確保とアレッポ市西郊の掃討を達成し、当面の戦略的目標を達した形となっている。今後の目標はM5の交通を安定的に再開させることとM4の確保になると思われる。そのため、シリア政府軍がイスラーム過激派の討伐を口実に、機を見計らって次の軍事行動に出る可能性が高い。イドリブ県を占拠するイスラーム過激派とトルコとの関係は、「反体制派支援」を名目とした非公然の支援から、公然の共闘関係となっている。停戦の維持やイドリブ県の住民の生活改善のため、トルコがイスラーム過激派をいかに処遇するのかという問題は2018年以来の課題として残り続けている。

(主席研究員 髙岡 豊)

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