№189 サウジアラビア:イスラーム学者のトルコ批判動画と内外情勢
- 2020湾岸・アラビア半島地域サウジアラビアトルコイラン
- 公開日:2020/03/04
2020年2月22日、サウジ人のイスラーム学者アーイズ・カルニーが、トルコの政策及び同国のエルドアン大統領を批判する動画を自身のツイッター・アカウントに投稿した。カルニーは1990年代初頭にサウジ政府に政治改革要求をした「サフワ」グループの1人で、現在は『悲しむな』(La Tahzan)をはじめとした自己啓発書の著者として、ムスリム諸国で名前が知られている。批判の概要は以下の通り。
●エルドアン大統領はマレーシアのサミットでイランの人々とともにムスリムを分裂させた。彼はサウジに敵意を向ける全ての者に協力している。
●ムスリム諸国の指導者はエルドアン大統領ではなく、サウジのサルマーン国王である。なぜならサウジはムスリム諸国の問題をまことに支援する存在であり、パレスチナ問題においても最大の支援者だからだ。
●かねてよりエルドアンはペテン師である。彼はシオニストたち(イスラエル政府)と手を組んでムスリムを欺いてきた。
●トルコからの巡礼者が、メッカの聖モスクで「我々の魂と血を(エルサレムの)アクサー・モスクに」と叫んでいる。同モスクは神への信仰を捧げる場であり、こうした異端行為をしたければトルコに帰り、学校で教えられている不信仰を批判すれば良い。トルコには多くの異端的慣習があり、酔っ払いもいる。
●ムスリムに告げる。サルマーン国王とムハンマド皇太子が牽引するサウジは、これまでもこれからも我々ムスリムの指導者であり、言葉ではなく、行動によってムスリム諸国の問題を支援する存在だ。
評価
「マレーシアのサミット」が指すのは、2019年12月28~21日にクアラルンプールで開催されたクアラルンプール・サミット2019である。同サミットには、サウジと断交中のイランからロウハーニー大統領、カタルからタミーム首長、また関係が悪化しているトルコからエルドアン大統領が参加した。サウジ政府はこの集まりを、サウジと競合関係にある国々によるムスリム諸国陣営の形成の動きと警戒し、これを受けて24日には、「(サウジが主導する)イスラーム協力機構(OIC)の見解をムスリム諸国の公式・統一見解とすべきだ」と訴えた。また同サミットに関しては、参加予定であったパキスタンに対してサウジが不参加を要請したとも国外の一部で報じられた(サウジはこれを否定した)。
カルニーのトルコ批判及びサミットへの言及は、こうした国際関係を背景に、リビア・シリア情勢等でトルコのプレゼンスが目立つ状況を考慮してなされたものだと考えられる。1990年代の政治改革要求が政府によって退けられた後、カルニーはテレビでの説教や執筆活動を中心に、ノンポリの立場を貫いてきた。しかし2019年5月、テレビ番組で政治改革要求を行った当時を改悛し、さらに「自分を取り込もうとした」としてカタル(当時のハマド首長)を批判する等(『中東かわら版』No.26)、近年はサウジ政府の外交政策の意向を汲んだ発言が目立つ。今般のトルコ批判もこれと同様の構図でなされたものと言える。
こうした政策広報の役割を、著名人とはいえ在野の一学者に過ぎないカルニーが担っている背景として、サウジ政府が近年、公式宗教界の影響力を制限する傾向にあることが考えられる。この状況は、かつて反体制的な勢力に身を置いたカルニーにとって、体制に協力的な学者として自身をアピールする絶好の機会と言え、これがSNSやメディアでの露出に反映されているのだろう。もっともクアラルンプール・サミットをめぐっては、先述したパキスタンに対する不参加要請の報道等を背景に、サウジに対する懐疑的な見方も海外では強まった。このためサウジ政府は、本件のフォローアップのトーンをやや下げ気味であったが、カルニーが掘り起こしたことで、改めてサウジの対トルコ、及びイラン・カタル関係における厳しい見方が強調されたと言える。
(研究員 高尾 賢一郎)
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