中東かわら版

№186 トルコ:イドリブで「春の盾」作戦実施

  

 2020年2月27日、シリア北西部のイドリブ県でシリア政府軍による空爆があり、トルコ軍兵士34名が死亡、数十名が負傷した。この事態を受けエルドアン大統領は、緊急安全保障会議を招集した。6時間超に及んだ同会議でシリアに対し断固とした対応を採ることを決定し、トルコ軍によるシリア軍および政府施設への報復攻撃を開始した。トルコ当局の発表によれば、27日夜、エルドアン大統領はプーチン大統領と電話で会談した。両首脳は緊迫するイドリブ情勢につき協議したうえで、近日中に面談することで合意した(29日、両首脳会談を3月5日に実施することが決定した)。

 イランのロウハーニー大統領は、28日、エルドアン大統領、プーチン大統領と個別に電話で会談し、イラン・トルコ・ロシアの3カ国間協力を通じてシリアの状況を改善できるとし、政治的解決をはかるため、アスタナプロセスを継続させるべきとの考えを示した。また、イドリブ情勢を米国によるシリアへの干渉の口実とさせてはならないとも述べた。

 28日、ロシアの代表団はアンカラを訪問、イドリブ情勢についてトルコ代表団と協議した。同会議でトルコ側は、シリアがソチでの合意(2017年5月4日、2018年9月17日にトルコとロシアで合意)を遵守するようロシア側に強く求めた。翌29日、ロシア外務省は、28日のトルコ・ロシア間の交渉で、イドリブでの緊張緩和に向け合意したと発表した。

 さらにトルコは、NATOに対して緊急会合の開催を要請し、28日に常任代表による会合が実施された。同会合終了後の記者会見で、NATOのストルテンベルグ事務総長は、NATO同盟国は、攻撃によって犠牲となったトルコ兵に対する哀悼の意を表し、トルコとの強固な連帯を維持する。NATOは、今次イドリブでのシリア政府軍およびロシアによる継続的な無差別攻撃を非難するとともに2018年9月の合意に立ち戻るよう要請する、と述べた

 3月1日、アカル国防相は、イドリブでのトルコ軍の作戦を「春の盾(Bahar Kalkani)」と命名し、これまでに、ドローン1機、ヘリコプター8機、戦車103台、装甲兵員輸送車19台、大砲・榴弾砲72台、ロケット発射装置複数台、防空システム3つ、対戦車迫撃砲3台、装甲車56台、弾薬庫9カ所および、2212名のシリア政府軍兵士を「無力化」したことを明らかにした。

 

評価

  

 2月3日に発生したトルコ軍とシリア政府軍との衝突以降、トルコ・シリア関係は相互に軍事衝突を繰り返しており、状況は悪化している。他方、対ロシア関係においては、トルコ側に配慮がみられる。トルコ政府は、今次トルコ軍に対する攻撃も、アサド政権の独断によるものとは考えておらず、同政権を支援するロシアが背後にいる事は十分に認識している(一部では、攻撃がロシア軍機によるものだったとの情報もある)。それでも、直接ロシアを非難しないのには、トルコが抱える事情がある。欧米との関係が悪化しているトルコは、近年ロシアとの関係を強化している。特に、エネルギー、経済、安全保障の面で依存するところが大きく、シリアで直接ロシア軍と対峙し関係を悪化させるのは避けたいという本音がある。ロシアもまた、トルコは重要な市場であり、NATO加盟国でもある同国との関係悪化には消極的である。29日のロシアとの合意は、3月5日に予定されているエルドアン・プーチン両大統領との会談に向けて前進したようにも思えるが、トルコの方がロシアへの依存度を強めている現在、ロシアからどこまで譲歩を引き出せるかは不透明な状況にある。

 トルコ国内では、今次攻撃で多数の死者が出たことを受け、エルドアン大統領や主要閣僚のみならず、主要野党も強いトーンで対シリア批判を強め、ナショナリズムの高揚が見られる。トルコがここまでイドリブにこだわる背景には、増加し続ける難民問題がある。国内経済の低迷とともに、トルコ国民の負担感は増大しており、政府への不満が高まりを見せている。こうした中で、自国の兵士が立て続けに犠牲になったことから、エルドアン政権としては断固とした対応を講じなければ、国民の理解を得られない状況にある。

 また、エルドアン大統領は難民問題を放置してきたEUに対しても苛立ちを隠さず、29日に「難民たちに国境を開いた。もう閉ざさない」とし、トルコに滞在する難民に国境を開く考えを示した。これまでトルコが行ってきた難民に対する一時保護政策に変更はないものの、今後は、これまでのように国境を閉鎖して留めることはしない方向へ舵を切ることになる。トルコの発表を受け、既にギリシアとの国境には数万人の難民が押し寄せており、同国政府との攻防が続いている。、EUは、緊急外相会合を開催したが、難民の受け入れを拒否する姿勢をみせており、トルコとの関係が一気に緊張する度合いを強めている。国境を開けたことによって今後、EUとの関係が悪化することは必至で、シリア情勢を含めトルコへの批判が高まることが予想される。

 

【参考情報】

 *関連情報として、下記レポートもご参照ください。

  <中東かわら版>

 ・トルコ

  「トルコ:イドリブでシリア政府軍と軍事衝突」No.178

 

・シリア

  「シリア:イドリブ県についてのロシア・トルコ間合意」No.59(2018年9月)

 

・湾岸・アラビア半島

  「イラン:イラン、トルコ、ロシア三国首脳会議(第3回)開催」No.58(2018年9月)

                                                                                                                                                                    

(研究員 金子 真夕)

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