№185 アフガニスタン:米国・ターリバーン間の和平取引合意と不安要素
2020年2月29日、ドーハにおいて、米国・ターリバーンが和平取引に署名した。米国は2018年9月にアフガニスタン情勢に通暁するザルマイ・ハリールザード(アフガニスタン出身で元駐アフガニスタン米大使)を和解担当特別代表に任命し、それ以来、ターリバーンと11回以上にわたり協議を重ねた。2月22日から、7日間の暴力削減を経て今回の署名に至った。
米国・ターリバーン間の和平取引の概要は以下の通りである。
- 包括的な和平合意(原文ママ)は、(1)テロ対策、(2)米軍撤退、(3)アフガニスタン人同士の協議、(4)停戦の4点を含む。(4)停戦は、アフガニスタン人同士の協議においてアジェンダとなる予定である。4点は相互に関連し、ここに合意された期限と条件に基づき履行される。
第1部(米国による履行条項)
- 米国は署名後14カ月以内に、外交官以外の民間人職員、民間軍事会社職員、訓練官、顧問を含む、全ての米軍及び同盟軍の撤退に合意する。第1段階として、今後135日以内に基地5カ所から兵力を8600人まで削減する。その後、アフガニスタン・イスラーム首長国(注:本取引文書には、米国は国家として承認していないとの注記付きでこの呼称が使用されている)が所定の合意を履行すれば、残り9カ月半以内に全軍撤退する。
- 米国は、信頼醸成措置の一環として、アフガニスタン人同士の協議が開始される2020年3月10日までに、アフガニスタン・イスラーム首長国の囚人5000人ともう一方の囚人1000人が釈放されるよう関係者と調整する。
- アフガニスタン人同士の協議の開始とともに、米国はアフガニスタン・イスラーム首長国メンバーに対する自国による制裁リストを、2020年8月27日までを目途に見直す。また、国連制裁リストも、2020年5月29日までを目途に見直す。
第2部(アフガニスタン・イスラーム首長国による履行条項)
- アフガニスタン・イスラーム首長国は、自らのメンバー、あるいは、アル=カーイダを含む他の個人・集団に対し、アフガニスタンの国土を米国及び同盟国の安全を脅かすために使用させない。アフガニスタン・イスラーム首長国は、これら個人・集団への協力、動員、訓練、資金調達、及び庇護をしないよう自らのメンバーに対して指示を出す。また、アフガニスタン・イスラーム首長国は、アフガニスタンに難民申請をする者に対しては国際難民関連法規に基づいて対処し、米国及び同盟国の安全を脅かす者に対してビザ、パスポート、渡航許可等を発給しない。
同日、カーブルにおいて、米国・アフガニスタン政府の共同宣言が発出され、ターリバーンが合意を守りさえすれば、米軍及び同盟国は今後14カ月以内に完全撤収するとした。
また、同日、ターリバーンのアーホンドザーダ指導者は、「占領の終結」を「大勝利」だとし、ムジャーヒディーンに対し合意を遵守するよう指示する声明を発出した。
評価
今回の合意は、全体としてターリバーン側にとって有利な取引だといえる。ターリバーンの観点から見れば、2001年10月米軍侵攻以来の長年にわたる外国軍の「占領」終結に道筋をつけたことは大きな成果である。具体的な取引内容を見ても、米国側が軍隊の段階的撤退、囚人の釈放、制裁リストの解除等、多くの負担を強いられるのに対して、ターリバーン側はアル=カーイダをはじめとする国際テロ組織に自らの支配地域を使用させないとの一点でのみ負担を強いられる。また、カタル政府がホストし、およそ30の国、及び国際機関の代表団が立ち会う中、米国と比肩して今回の合意に至ったことは、ターリバーンの政治的ステイタスを更に一段押し上げたといえる。外国勢力の追放に向けた意義、合意内容、政治的ステイタスの向上等を総合的に見ると、ターリバーンが今回得たものは多く、今後のアフガニスタン国内諸勢力との交渉に向けて優位に立ったと評価できるだろう。
今後に向けた最大の不安要素は、アフガニスタン政府とターリバーンの間の基本的認識の違いである。そもそも、アフガニスタン政府の主要メンバーは、元軍閥と、アフガニスタン国民が最も苦しんでいた時代に戦禍を逃れた海外組である。前者の多くは北部同盟をはじめ、内戦時代(1992~1994年)に権力を巡って国土を破壊した張本人であり、2001年以降、国際社会からの政治的後押しと巨額の資金援助を受けて利権に与ってきた。ターリバーンにとってみれば、敵対していたこれら勢力による「和平に応ぜよ」との呼びかけは、到底受け入れがたいものだと考えられる。実際、ターリバーンは現政権を政府とは認めておらず、今後始まる予定のアフガニスタン人同士の協議についても、国内諸勢力の代表者が集う円卓会議のようなものが想定されている模様である(※)。この協議では、権力分有、統治のあり方、法の解釈、女性の権利等で各々の主張の相違が見込まれ、ターリバーンが実現を目指すイスラーム統治は、現行憲法と相容れない部分が多く、協議は難航するだろう。
次に、昨年9月28日の大統領選挙発表を受けて、アフガニスタン政府の内部分裂は深刻である。ガニー大統領は和平過程が本格化する中で独立選挙委員会に再選を強行発表させ(『中東かわら版』No.182)、権力を私物化している。これに反発するアブドッラー行政長官は並行する包摂政府の樹立を一方的に宣言し、現職の州知事と並行して自らの意中の人物を「州知事」に任命するなど、現政権は「一国二政府」の危機に直面している。一方のターリバーンは、内部分裂も囁かれる中、7日間の暴力削減を実行し、強固な指揮系統があることを知らしめた。
こうした状況に鑑みれば、アフガニスタンの人々の平和への希求にもかかわらず、ターリバーンが軍事・政治の両面で優位に立つ中、同勢力が交渉で譲歩する理由はほとんど見当たらないと言わざるを得ない。ターリバーンは、自らの主張するイスラーム統治の実現に向けて、アフガニスタン政府側が譲歩するよう強く迫るものと考えられる。米軍撤退に向けて情勢が動く中、ターリバーンが同胞への暴力削減、ひいては停戦に合意するかが安定化の試金石となるだろう。
※過去、ターリバーンは、各種声明においてアフガニスタン政府を一貫して「行政機構」や「体制」と呼び、「政府」とは呼称していない。また、2月29日、ターリバーン・カタル政治事務所のスタネクザイ元代表は『トロ・ニュース』の取材に対して、現在のアフガニスタンに政府なるものは存在しないと言明している。
(研究員 青木 健太)
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