中東かわら版

№181 シリア:最近の軍事情勢

 政府軍がアレッポ市とハマ市とを結ぶ幹線道路(=M5)と沿線を制圧し、M5の再開に向けた爆発物や障壁の撤去に着手したと発表した。トルコ軍はイスラーム過激派と共闘するような形で政府軍の進撃を阻止しようとしたが、政府軍の進撃は続いた。主な動きは以下の通り。
 
図:2020年2月17日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

凡例

オレンジ:クルド民族主義勢力

 青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

 黒:「イスラーム国」

 緑:シリア政府

赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍

 

1.政府軍は、M5とラタキア市とアレッポ市とを結ぶ幹線(=M4)が交差するサラーキブを制圧し、アレッポ方面に前進した。政府軍は、M5と沿線地域を制圧し、M5の再開のための作業に着手した。イスラーム過激派を保護するトルコ軍は、配下の民兵に携帯式の地対空ミサイルを与え、政府軍のヘリ2機を撃墜するなどの戦果を上げたが、政府軍の進撃は阻止できなかった。

2.政府軍がアレッポ市西方の諸都市を制圧し、イスラーム過激派諸派は短時間のうちに同市の西方から敗走した。

3.アメリカ軍はシリア領への増援の派遣を続けた。ハサカ県カーミシリー周辺では、親政府勢力による抗議行動も発生し、アメリカ軍による民間人殺傷、空爆事件も発生した。

 

評価

 トルコによる部隊増派やイスラーム過激派諸派への支援にもかかわらず、政府軍の進撃は迅速に進んだ。トルコのエルドアン大統領は、シリア領内でトルコ軍が攻撃を受けた場合の反撃や、イドリブ県からの政府軍の排除について強硬な発言を繰り返している。ただし、こうした発言が、シリア政府を後援するロシアやイランをも当事者とする軍事的対決を覚悟したものなのか、そのような事態に至った場合の成算はあるのかについては定かではない。

 イスラーム過激派の戦線は短期間のうちに崩壊したが、これについて「シャーム解放機構(シリアにおけるアル=カーイダ。旧称「ヌスラ戦線」)」がジャウラーニー指導者のインタビュー動画を配信した。ジャウラーニーは、戦線の崩壊を準備不足、諸派間の連携の不足と説明した。また、トルコの動向については「前向きなものである」と述べてこれを歓迎した。このような発言は、国連などでテロ組織に指定されている「シャーム解放機構」が、トルコと連携して活動しているという、テロ対策上重大な問題を示すものである。

 今後、M5の再開が順調に進むようであれば、焦点はM4の制圧やクルド民族主義勢力の処遇、シリア領を不法占拠するトルコ軍、アメリカ軍の存在がシリア紛争の焦点となるだろう。いずれの問題についても、シリア国内の当事者だけで解消できる問題ではなく、関係各国の利害や各国間の外交関係に左右されることとなろう。各当事国の態度によっては、紛争で疲弊するシリア人民の状況はますます顧みられなくなるだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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