中東かわら版

№180 サウジ:バレンタイン・デーの「解禁」

 2020年2月13日、サウジの英字紙『アラブ・ニューズ』が、翌14日のバレンタイン・デーの特集を組んだ。これによると、今日サウジで見られるバレンタイン・デーの流行は、勧善懲悪委員会(宗教警察)の元メッカ支部長が2018年2月、バレンタイン・デーを祝うことはイスラームの教えに反しないと発言したことを契機とする。またバレンタイン・デーの楽しみ方として、「特別な相手」に様々な贈り物を用意することが紹介されている。

 

評価

 イスラームの規範に基づいた秩序形成を国是とするサウジでは、バレンタイン・デーはクリスマスと並び、異教・異端の慣習であること、未婚男女の交流を誘発すること、以上2点を理由に不文律として禁じられてきた。そして、これを取り締まってきたのが勧善懲悪委員会である。例年、バレンタイン・デーとクリスマスが近づくと、同委員会は取り締まりキャンペーンを開始し、特別なデコレーションやセールを行う店に注意・勧告を与えるため、市中でのパトロールを強化した。こうした背景から、同委員会の提言によってバレンタイン・デーを楽しむことが解禁されたとの説明は一見道理に適っている。

 とはいえ、これは保守的な宗教勢力の妥協によって異教・異端の慣習や男女の交流が緩和されたという単純な話ではなく、また日本におけるバレンタイン・デーとも捉え方が異なる。

 この理由に挙げられるのは、まず「特別な相手」とあるように、女性が想い人にプレゼントをするとの前提が見られない点である。貴金属のような男性から女性へのプレゼントを想起させるもの、あるいは機械・電化製品のような性別に無関係なものが紹介され、比較的高額な商品が含まれることからも、広く国民の消費を促す機会と位置づけられている。

 さらに言えば、近年進む女性の権利拡充や娯楽産業の推進といった開放政策の下準備として、勧善懲悪委員会の逮捕権・捜査権は2016〜2017年にかけて剥奪された。外国人の急増や反体制運動の高まりを受けて風紀取締りが盛んだった1960〜1980年代と異なり、同委員会の権限は近年著しく低下している。この点、同委員会の元一支部長の提言を元に社会の慣習が変化したという説明は違和感を抱かせる。むしろ本件は、同委員会の権限低下を含む、近年の開放政策の一環として報じられるのが自然だ。実際、女性の社会進出や娯楽施設の誕生はこの開放政策を統括するスキームである「サウジ・ビジョン2030」、とりわけこれを主導するムハンマド皇太子の功績として概ね報じられる。

 以上を考えれば、注目すべきはバレンタイン・デーの流行よりも、これがなぜ「ビジョン2030」の一環として大々的に報じられないのかであろう。おそらくこの背景には、女性の社会進出や娯楽の制限ほどには、バレンタイン・デーの禁止が「保守的」「排他的」といったサウジ社会の悪評には繋がってこなかったことがある。大々的に報じられた女性の自動車運転解禁や、映画館の営業再開と比べて、バレンタイン・デーの流行は「ビジョン2030」の開放政策としての性格をアピールする材料としては確かに「弱い」。また、冒頭述べた「異教・異端の慣習」の禁止という観点からすれば、バレンタイン・デーの解禁がクリスマス、さらにシーア派の各種儀礼(※)にまで議論が敷衍する可能性も否定できないことへの警戒も考えられよう。

 一般に「開放政策」と呼ばれるものは、体制への支持を集め、権力の安定を図ることを目的とする。サウジの今日の変化についても、「保守派対改革派」や「サウジ社会の西洋化」、また「開明的な王子のリーダーシップ」といった単純なストーリーではない点に注意が必要だ。

 

※例えばヒジュラ暦1月10日に行われるアーシューラーの儀礼(シーア派の第3代イマーム・フセインの追悼行事)は、東部州カティーフの一部地区を除き、人々の目に映る公共の場所で行うことが禁じられている。

(研究員 高尾 賢一郎)

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