中東かわら版

№178 トルコ:イドリブでシリア政府軍と軍事衝突

  

 2020年2月3日、「アナトリア通信」は、シリア北西部のイドリブで発生したトルコ・シリア政府(アサド政権)両軍の衝突により、トルコ軍兵士6名が死亡、9名が負傷したと報じた(発生直後の報道では、トルコ軍の死者数は4名とされていたが、4日現在、8名に増加した)。この衝突を受け、アカル国防相は作戦指揮のためシリア国境に向かった。

 トルコ国防省は、同衝突が発生した理由について、シリア政府軍との軍事衝突回避のためにシリア北西部におけるトルコ軍の移動状況をロシア側に事前に通知していたにも関わらず、トルコ軍の車列に対する攻撃があったためとの声明を発出した。

 ウクライナ訪問直前に今般の報を受けたエルドアン大統領は空港で記者会見し、「トルコへの攻撃に対する報復を続ける。トルコの相手はアサド政権軍であり、我々の邪魔をしないようロシア当局に伝えたい」と述べ、ロシアを牽制した。さらに、ウクライナのゼレンスキー大統領との会談後の共同記者会見では、「我々は彼ら(シリア政府軍)に陸空で必要な対価を支払わせている。アカル国防相からは54の目標を攻撃し、76名のシリア軍兵士を「無力化」したとの報告を受けている。シリアの和平プロセスの一環として、アスタナとソチでの合意の下で、誰もが何をしなければならないかを知っておくべきであり、トルコはこの枠組みにおいて務めを果たしていく」と発言した。

 他方、ロシアのタス通信は、「アカル国防相は、2月2日の16時13分及び22時27分の2度にわたりロシアに通知したと主張しているが、ロシアは、イドリブ地域でのトルコの作戦について事前に通達を受けていなかったため、トルコ軍はシリア軍からの攻撃を受けた。」と報じており、トルコとロシアの主張には食い違いがみられる。

 

評価

 

 今般の衝突の発端となったシリア政府軍の攻撃が意図的であったか否かについては、現時点では不明確である。また、トルコ軍が具体的にどこにどのような報復を実施したのかについても明らかにはなっていない。このような状況下で衝突の責任を追及するのは、トルコあるいはシリア政府軍及びその後ろ盾となっているロシアの意図や今後の展開を読み違える危険性があるため、早計であると考えられる。

 トルコ・シリア関係は、「アラブの春」以降悪化してはいるものの、軍事衝突にまで至ったのは今回が初めてである。国際的に非難を浴びたシリア北東部への軍事進攻(2019年10月9日)の際も、ロシア及びイランと水面下で調整をはかり、シリア政府軍との衝突を避けてきた。これまで慎重だったトルコが突発的ともいえる行動に出た背景には、増加し続ける国内のシリア難民及び治安問題に対する不満の高まりと、シリア・ロシアへの再三の状況改善の働きかけが無視されたことによる憤りがあったものと見られる。

 イドリブでは、2019年11月以降、イスラーム過激派(アル・カーイダ)排除を理由に、同地域に対するシリア政府軍による攻撃が激化している。結果として、同地域から数十万人(エルドアン大統領は100万人と主張)の難民がトルコ国境に押し寄せ、トルコの不安定化が助長されることとなったため、トルコはシリア・ロシアに対して攻撃停止を繰り返し求めてきた。しかし状況は改善されず、トルコ軍兵士に死者が出るに至ったことで、トルコの忍耐が限界に達したものと見られる。今般のシリア政府軍による攻撃に対し、エルドアン大統領をはじめ政府要人は強いトーンでシリア批判を展開しており、ロシアに対しても強硬な口調で牽制している。トルコとシリア政府軍の状況は報復を重ねる相互エスカレーションの構図に入りつつあるが、ロシアの出方次第では状況が変化する可能性もある(2月4日、エルドアン大統領はプーチン大統領と電話で会談し、イドリブの状況について協議した)。しかし、現状に鑑みるに、「落としどころ」を見つけられるまでには時間がかかると考えられる。

                                                                                                                                                                    

(研究員 金子 真夕)

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