中東かわら版

№177 シリア:最近の軍事情勢

 政府軍がアレッポ市とハマ市とを結ぶ幹線道路(=M5)沿いの要衝への攻勢を強化し、制圧地域を拡大した。これにより、トルコ軍がイスラーム過激派の支援を受けてイドリブ県内に設置した「監視所」がさらに複数個所政府軍の制圧地域に孤立することとなった。また、2月2日~3日にかけて政府軍とトルコ軍とが交戦し双方に死傷者が出た。主な動きは以下の通り。
図:2020年2月4日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

凡例

オレンジ:クルド民族主義勢力

 青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

 黒:「イスラーム国」

 緑:シリア政府

赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍

 

  1. イドリブ県南東方面からの攻勢により、M5上の要衝である マアッラ・ヌウマーン市を制圧するなど政府軍の制圧地域が拡大した。政府軍は、M5とラタキア市とアレッポ市とを結ぶ幹線(=M4)が交差するサラーキブに迫っている。これにより、政府軍とイスラーム過激派を保護するトルコ軍との間の緊張が高まり、2月2日~3日にかけて双方の交戦で死傷者がでた。
  2. .政府軍は、アレッポ市から南西方面に進撃したが、これに対しイスラーム過激派諸派「シャーム解放機構」の指導者アブー・ムハンマド・ジャウラーニー自身が陣頭指揮を執り、自爆要員多数を起用して反撃した。双方とも、大きく前進はしていない。
  3. トルコと政府軍を支援するロシアとの意思疎通も滞りがちになっており、ロシア軍機とみられる航空機がトルコの占領下にあるアレッポ県バーブ市を爆撃し、トルコ軍傘下の民兵の拠点を破壊した。
  4. シリア領内でのアメリカ軍の活動も続いており、アメリカ軍はハサカ県カーミシリー市西方で地元民の土地を接収し、軍事基地の拡張に取り掛かった。

 

 

評価

 政府軍は、2019年春から夏にかけての攻勢でイドリブ県南部の要衝ハーン・シャイフーンを解放したが、今般の攻勢はこれに続いてM5上の要衝を確保するためのものと思われる。一方、ハーン・シャイフーンよりも人口が多く、イドリブ県を占拠するイスラーム過激派にとってより重要な拠点と考えられるマアッラ・ヌウマーンやサラーキブへの政府軍の攻勢は、当初見込みよりも迅速に進んでいる。トルコのエルドアン大統領は、今般の攻勢を2018年9月のロシアとの合意に反すると主張し、トルコ軍の増派などでイスラーム過激派を保護する動きを強めている。しかし、当該の合意は単なる「停戦」や「安全地帯の設置」にとどまらず、2018年中のM4、M5の再開をも含むものである。また、合意の実施に際し、シリア政府・親政府勢力の説得と制御はロシア、イスラーム過激派の制御はトルコが受け持つのは半ば自明のことであり、トルコが長期間にわたり合意の履行を怠ってきたことを不問にすべきではない。なお、現在イドリブ県で政府軍と闘っているのは、そもそもシリア紛争の政治解決も、ロシアとトルコとの合意も認めないイスラーム過激派諸派であり、「停戦」や「安全地帯」の維持に固執してイスラーム過激派の討伐・掃討を放置することもできない。

 政府軍の迅速な前進や、これに対抗してトルコ軍が直接介入している理由としては、トルコによるリビア紛争への干渉も挙げることができる。2019年末にリビアへのトルコの軍事介入が取り沙汰されるようになって以来、トルコがシリアで活動する傘下の武装勢力の兵士を傭兵として派遣していることについての報道が増えていた。実際の派遣の規模・内情について確たる情報はないが、この問題は1月末にフランスのマクロン大統領がトルコを非難するなど、国家元首のレベルで話題になるほど深刻である。すなわち、シリアで活動するトルコ傘下の民兵がトルコの傭兵と化したり、金銭などの俗世的利益を理由にイスラーム過激派の下で活動していた戦闘員がリビアに流れたりしていることにより、イドリブ方面のイスラーム過激派の戦力が弱体化していると考えられるのである。

 トルコは、シリア紛争勃発以来、シリア人民を保護すると称して「反体制派」に様々な支援をしてきた。その過程で、「イスラーム国」を含むイスラーム過激派の伸長を黙認し、「反体制派」に提供されたはずの様々な資源がイスラーム過激派の手に渡るのを放置してきた。これに加えて、今般、本来シリア人民や「革命」を守るために存在しているはずの民兵や「反体制派」を傭兵としてリビアに送り込み、彼らの本来の役割や使命を放棄させるに至った。このような振る舞いは、シリア人民のためにも、傭兵の派遣先であるリビアのためにもならないだろう。また、問題はこれにとどまらず、イスラーム過激派の討伐と彼らの「拡散」や「帰還」の防止という、国際的な治安・安全保障に深刻な悪影響を及ぼすものである点にも留意すべきである。

(主席研究員 髙岡 豊)

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