中東かわら版

№175 GCC:中東和平案への反応、翻弄される「パレスチナ」というアジェンダ

 2020年1月28日に発表された、トランプ米大統領による中東和平案(『中東かわら版』No.174)を受けたGCC諸国の反応を、当該諸国のメディアが報じた。これによれば、サウジのサルマーン国王とカタルのタミーム首長は、パレスチナ自治政府(PA)のアッバース大統領との電話会談で、パレスチナ支援の政策方針に変更はないと伝えた。またバハレーン外務省もパレスチナ側への支援を継続するとの声明を発表した。一方でサウジ、及びUAEは、和平に向けた米国の努力への謝意を表明し、中東和平における米国のイニシアチブへの期待を示した。オマーンとクウェイトは特段コメントを発出していないが、クウェイトの一部議員からは本和平案を「パレスチナへの新たな侵略」と批判する声が上がった。

 

評価

 本和平案を受けて、サウジを筆頭に、GCC諸国の半数が早々にパレスチナへのエールを送った。しかしこれは、イスラエル・米国への批判でも、本和平案の拒絶でもない。米国と強力な経済・軍事関係にあるGCC諸国にとって、パレスチナを支援することと米国のイスラエル寄りの政策を静観することは矛盾しないという面が、改めて浮き彫りになった。

 このため、GCC諸国のイニシアチブが強い今日のアラブ・ムスリム国際機関(アラブ連盟、イスラーム協力機構、ムスリム世界連盟)では、米国との関係に悪影響を及ぼしうるパレスチナ問題へのコミットの比重は次第に小さくなった。今日の「パレスチナ」は、財政支援(≒非政治的な関与)を除けば、もはや儀礼的なアジェンダに過ぎないと言って良いだろう。

 一方、このアジェンダを掲げる役割を他の機関や勢力に奪われては、アラブ・ムスリム諸国間でプレゼンスを低下させてしまう。こうした意識から、パレスチナ問題への「付かず離れず」を実践してきた筆頭は、アラブ・ムスリム諸国の盟主を自認するサウジであろう。2019年12月19~21日、クアラルンプール・サミット(『中東かわら版』No.163)では、サウジと競合するイランやトルコが参加する中、パレスチナ問題が議題に上げられ、また1月26日には、イスラエル政府が自国民のサウジ渡航を許可すると発表し、これがサウジ・イスラエルの関係改善として報じられた(※)。この状況下、サウジとしては「パレスチナ」をめぐってプレゼンスを示す必要があったはずだ。トランプ大統領の中東和平案が、結果としてサウジのこうした取り組みを後押ししたとも言える。

 

※これについてサウジ外務省は、サウジの対イスラエル外交を変えるものではなく、イスラエル人が入国可能かどうかを決めるのはサウジ側であるとして、過度にサウジ・イスラエル関係が好転しているとする報道ぶりを批判した。

(研究員 高尾 賢一郎)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP