中東かわら版

№174 イスラエル・パレスチナ:トランプ大統領が中東和平案を公表

 2020年1月28日、トランプ大統領は、イスラエル・パレスチナ間の紛争解決に係る和平案「繁栄への平和」を発表した。発表の場にネタニヤフ首相は出席したが、パレスチナ側からの代表者は出席しなかった。27日、イスラエルのネタニヤフ首相と「青と白」のガンツ共同代表はワシントンを訪問し、各々トランプ大統領と和平案につき会談し、両名共にこれを歓迎した。

 ヨルダン、トルコ、イランに加えてヒズブッラー、ハマースなどが和平案を強く非難する声明を出している。他方、エジプト、UAEなど一部湾岸諸国は、今次案について直接的な評価はせず、米国の和平仲介の努力を評価する旨発表するに留めている。

 今次提案は、安保理決議242号をイスラエル側の要求や現状を加味、修正し、1995年のオスロ合意Ⅱ(暫定自治拡大合意)を補完した包括的な合意として位置づけられている。その要旨は以下の通りである。

  • 首都:エルサレムはイスラエルの首都である。*パレスチナ国家の首都は東エルサレムの一部および分離壁の北部・東部の全域(カフル・アカブ、シュアファート東部、アブディス)に置き、パレスチナ国家がクドゥス(アラビア語でエルサレム)などと命名する。
  • パレスチナ難民の帰還権:イスラエルへの帰還、帰化は認めない。
  • 土地(水)と入植地:*パレスチナ国家は、1967年戦争以前の西岸地区・ガザ地区の領土に相当する土地を得る。*イスラエルは西岸地区の入植地を拡大せず、建設の計画を立てないが、現存の入植地はイスラエルの主権下に置く。*ヨルダン渓谷はイスラエルの主権下に置くが、パレスチナ人が所有・経営する農地の維持については交渉する。*ガザ地区のパレスチナ人に同地区近郊のイスラエル領を与える。*域内の水資源はイスラエルの主権下に置く。*西岸地区内部及びガザ地区をトンネル・橋で繋げる。
  • パレスチナ国家の主権:*イスラエルが治安上の責任を維持する。*パレスチナ国家は治安部隊を持つが非武装化(軍隊を持たない)される。*ガザ地区のハマースやイスラーム聖戦機構などの諸派を完全に武装解除し、同地区を非武装化し、イスラエルが全面的に管理する。ヨルダン川西岸地区の空域をイスラエルが管理する。
  • PLOおよびパレスチナ自治政府(PA)への要求事項:イスラエルとの調整なしに国際機関に加盟しない。*イスラエル、米国に対し、国際刑事裁判所(ICC)などへの訴訟を起こさない。*イスラエルで収監されているパレスチナ人と殉教者への補償金を支払わない。

評価

 安保理決議242号は、アラブ側にとってはゴラン高原、シナイ半島、西岸・ガザ地区、東エルサレムからのイスラエルの撤退、パレスチナ難民問題の正当な解決などを求めるものである。しかし、同決議を踏まえ米国が作成したパレスチナ国家の「未来」(画像)では、西岸地区の入植地の存続を認めているほか、ゴラン高原(シリア)、グマル・バーク―ラ(ヨルダン)をイスラエル領と認めていることが分かる。PAのアッバース大統領が今次の提案を拒絶している通り、この案はパレスチナ側にとって受け入れ難いものである。

 今次提案が発表された背景には、イスラエル・米国首脳が控える選挙もある。トランプ大統領にとっては、今次の発表は秋の大統領選での再選を意識した発表と言える。他方、3月の再々選挙を目前に、ネタニヤフ首相に対する起訴の手続きが進んでいることを踏まえれば、今次提案には選挙キャンペーンの一環として同首相を支援する目的もある。アラブ・欧州諸国が肯定・否定的な反応を様々に示してはいるが、米国以外にイスラエル・パレスチナ間を仲介し、和平を推進できる主体はいない。こうした現実が、中東和平が選挙で利用される状況を作ってしまっていると言えよう。

 もっとも、今次の提案が直ちに具体化する可能性は低いと言える。そうした中でイスラエルと米国は、選挙に向けてPAが和平案を受け入れるよう様々な圧力を加える、ないしはイスラエルに有利な既成事実を作る可能性がある。

 

画像:パレスチナ国家の「未来」

 

(https://twitter.com/realDonaldTrump/status/1222224528065155072/photo/1)

(研究員 西舘 康平)

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