中東かわら版

№172 イラク:反政府抗議デモが一段と激化

 2020年1月21日付『シャルク・アウサト』紙は、イラクでの反政府抗議デモが「前例がないほど」激化したと報じた。それによると、バグダードや南イラクの諸県でデモ隊と治安部隊の衝突が相次ぎ、数十人が死傷した。また、デモ隊はバスラ県のズバイル港、ウンム・カスル港への道路などの幹線道路を封鎖し、就業をはじめとする経済活動を麻痺させた。

 一方、イラクの国会・大統領は、12月初頭のアブドゥルマフディー首相の辞任表明以来幾度も設定されてきた後任の首相の指名期限を19日にも満たすことができず、これが抗議行動激化の引き金となった。なお、現時点では国会の各会派の間で、ムハンマド・アッラーウィー元通信相(2006年~2008年と2010年~2012年にイヤード・アッラーウィー元首相派として入閣)、アリー・シュクリー元計画相(2011年~2014年にサドル派として入閣)、ムスタファー・カージミー国家情報局長(2016年~)が次期首相候補として挙げられている。

 

評価

 抗議行動の激化は、イラク国内の経済活動や日常生活を麻痺させるだけでなく、石油の生産や輸出をも妨げる要因となる。このため、抗議行動の激化は単にイラクの政局や人民の生活水準の問題ではなく、世界的な資源の供給・経済活動の問題になりうる。また、イラク政府の財政は石油収入に依存しているため、石油の生産・輸出が滞ることは、人民への各種給付だけでなく、食料や日用品の輸入にも悪影響を与えるだろう。この結果、人民の生活水準はさらに悪化し、抗議行動や政治・社会の更なる混乱を招くという悪循環が生じる。

 イラクの国会や政府にも、抗議行動の参加者の側にも、事態を打開する案や合意は見られない。上で挙げた次期首相候補とされる人々は、いずれもシーア派の政治家としての経歴を持つため、「2003年以来の堕落した政治エリートを排斥する」という点についても、「宗派・民族的帰属にとらわれない政治・経済運営」という点のいずれから見ても、彼らの任用が解決策となるかは疑わしい。一方、抗議行動参加者の側も、既存の政治エリートに対する「ダメ出し」という点では一致している模様だが、「アメリカ軍のイラク駐留」という問題では、撤退を要求するシーア派諸派と残留を望むスンナ派やクルド人とで足並みがそろわないという、旧態依然の対立・分断・相違の構造を引きずっている。

 イランの革命防衛隊エルサレム軍団のスライマーン司令官の殺害事件(3日)、イランの革命防衛隊によるミサイル攻撃(8日)のように、イラクは自らの利益に反する地域・国際紛争の舞台になっている。この状況はイラクにとっては害悪に他ならないはずだが、既存の政治家も抗議行動の担い手たちもこれを解消するために先頭に立つべき政府を編成できず、政治・経済・社会の混乱が深まっている。

(主席研究員 髙岡 豊)

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