中東かわら版

№171 レバノン:債務不履行の危機

 2020年1月16日付『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)紙は、「レバノンはいかにして債務不履行を回避するか?」と題し、レバノン政府の債務危機について要旨以下の通り報じた。

*消息筋によると、ハリール財務相は中央銀行のサラーマ総裁に、2020年に支払い期限を迎える債務返済のための為替手続きを停止するよう求めた。2020年に返済期限を迎えるレバノンの債務は25億ドルで、そのうち12億ドルは3月が返済期限である。

 

*厳しい政治・金融危機のため、レバノン政府が債務不履行を回避するための選択肢は尽きている。債務不履行の事態に至った際にとられうる手段としては、以下が挙げられる。
1.返済期限の繰り延べ:レバノン政府は、2020年が返済期限の債権を持つ地元銀行や投資家らに対し、運用の余地が広く返済期限が先の別の債権に転換するよう提案した。このような行為は、債権についての基本的な契約の変更となるため、各種格付け機関は「選択的債務不履行」にあたると警告している。

2.クレジット・デフォルト・スワップ(金融取引の手法の一種。特定の会社などが倒産した際に、一方の当事者が別の当事者にあらかじめ定められた金額を支払う)の実施:このような金融取引商品を購入した投資家らは、契約を実施する代わりに「国際スワップ・デリバティブ協会(本部:ニューヨーク)」の元に編成される銀行・投資家・専門家からなる委員会に解決策を委ねることもできる。

3.レバノン国内の全ての預金への課税:この手法は、2013年にEUがキプロスに金融支援を実施する際に条件として課したものであり、キプロスで預金引き出しの殺到などの金融危機を招いた。

 

評価

 危機的状況にもかかわらず、レバノンでは事態打開へ向けた抜本的な策が近日中に講じられる機運は低い。反政府抗議デモは現在も続いており、預金引き出し制限を続ける金融機関への襲撃も発生している。抗議デモを受けてハリーリー内閣が辞職したが、2019年末にハサーン・ディヤーブ元教育相を次期首相に指名することが決まって以降、組閣に向けた進展は乏しい。そうした中、新政府が樹立されるまで公的債務の総額が850億ドルを超えるとも推定される状況に対処するための包括的な対策が立てられるとは考えにくい。2019年12月にはフランスで支援国会合が開催されたが、そこでもレバノンに新政府の早期編成が先決であるとの意見が強く、支援国がレバノンに巨額の資金援助を行う可能性も高くはない。

 上記のうちレバノン国内の預金への課税のような措置が取られた場合、危機の影響はレバノンにとどまらなくなる。隣国シリアでは、国内の金融機関が人民に信用されていないこと、紛争が長期にわたって続いていることなどを主な理由として、レバノンの金融機関に預金をすることを好む傾向が強い。その総額は、450億ドルにも達するとの推計があり、レバノンの金融機関で引き出し制限が続くことなどの影響はシリア人民の生活水準にも悪影響を及ぼしている。これまでの危機を通じ、レバノン・ポンドは1ドル2200ポンド程度、シリア・ポンドは1ドル1000ポンド程度へと急速に下落している。また、レバノンでは政府高官らの有力者が抗議行動勃発(2019年10月)以来、多額の資産を海外に移転させたとの疑念も生じているようであり、ある分野での状況の悪化が別の分野の状況をさらに悪化させるとの悪循環に入っている。

(主席研究員 髙岡 豊)

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