中東かわら版

№165 イラン:ソレイマーニー革命防衛隊ゴドス部隊司令官殺害とその波紋

 2020年1月2日夜、米軍は、イラン・イスラーム革命防衛隊(以下、革命防衛隊)ゴドス部隊のガーセム・ソレイマーニー司令官、及び、イラクのシーア派民兵組織カターイブ・ヒズブッラー指導者兼人民動員副司令官のアブー・マフディー・モハンデスを、イラクのバグダード空港近くで無人機爆撃し、殺害した。米国防総省の声明によると、今次軍事行動はトランプ大統領の指示により、イラク、及び中東全域における米国の権益を脅かすイランの攻撃計画を阻止する為に実施された。

 これを受けて、3日、イランの最高指導者ハーメネイー師は、激しい復讐を誓う声明を発出した。また、イラン国民に対して3日間喪に服すよう命じた。

 3日、『AFP』は、米国は中東に向けて3,000~3,500人の追加派兵を行う計画だとする、匿名の米国防総省幹部の話を報じた

 他、今次事案発生を巡る最近の主な出来事は以下の通りである。

 

図表 今次事案発生を巡る最近の主な出来事

日付

主な出来事

2019年

12月27日

イラク北東部キルクークにあるイラク軍基地に対するロケット攻撃で、米軍事契約者1人が死亡、4人が負傷した。

12月29日

米軍が、カターイブ・ヒズブッラーの拠点5カ所に対する空爆を実施し、同勢力の戦闘員25人が死亡した。

12月31日

カターイブ・ヒズブッラーに支援されると見られる群衆が、在イラク米国大使館を襲撃した(米外交官に被害はなかった)。

2020年

1月2日夜

米軍が、ソレイマーニー司令官及びモハンデス指導者をイラクのバグダード空港近くで殺害した。

1月3日

イランの最高指導者ハーメネイー師が、イラン国民に対して3日間の服喪を命じるとともに、今次攻撃に対する激しい復讐を誓った。

1月3日

在イラク米国大使館は、イラク在住の米国民に対して即座に退避するよう勧告した。

1月3日

『AFP』は、米国が中東に向けて3,000~3,500人の追加派兵を行う計画だとする、米国防総省幹部の話を報じた。

1月5日

トランプ大統領は、もしイランが米国の権益に対し攻撃すれば、イランの52拠点を標的にするとツイートで警告した。

(出所:公開情報を元に筆者作成)

評価

 革命防衛隊は、イラン革命後の1979年5月に国軍のクーデター防止、及び左派ゲリラへの対抗を目的として創設された。当初は、全国の青少年自警組織を母体とする、練度が低い武装集団に過ぎなかったが、1980年にイラン・イラク戦争が勃発してからは、ホメイニー支持勢力の全面支援を受け、本格的な軍隊として拡大し、1990年代前半以降は国軍以上に広範囲の作戦・非作戦分野へ進出するようになった(佐藤秀信「イスラーム革命防衛隊とは何か」『中東研究』第505号)。革命防衛隊の規模は、およそ12万5000人(陸軍10万人、海軍2万人、空軍5千人)と試算され、陸軍は全国31州に各地方司令部を置くとともに、海軍は武装巡視船126隻を始め多くの機材を保有、空軍は中距離弾道ミサイル等を装備する(英国際戦略研究所『The Military Balance 2019』参照)。その中で、ゴドス部隊(※ペルシャ語でエルサレムの意。ゴドス部隊は日本語ではコッズ部隊、クッズ部隊等と記されることもある。)は、革命防衛隊の諜報・工作部門で、イランが支援する他国のシーア派組織への支援・軍事訓練・助言、対外的な破壊工作、改革運動の封じ込め等を担い、ソレイマーニー司令官はその長を務めてきた。ゴドス部隊は、レバノンのヒズブッラー、イラクのカターイブ・ヒズブッラー、イエメンのアンサール・アッラー(俗称フーシー派)、パレスチナのイスラーム聖戦機構等の代理勢力による諜報・破壊活動を通じて、イスラエル、米国、及びサウジアラビアに対する軍事的優位性を中東全域で維持・拡大してきたとされる。このような体制維持の根幹を担う保守強硬派の要にあると同時に現実的で、最高指導者ハーメネイー師からの信頼が厚く、イラン国民からも多大な支持と人気を得てきたソレイマーニー司令官殺害の影響は大きい。

 他方、イラン側からの報復の内容を推し量るに当たっては、イラン、その中でも革命防衛隊の能力(規模、装備、等)、及び意志の把握が先ず不可欠である。2019年5月頃から、ペルシャ湾岸における米国の軍事的存在感の増大、民間商船への攻撃、サウジアラムコ社石油施設への攻撃等が相次ぎ、米国・イラン間が緊張していると表現されることが多かった。今次事案を受けて、イラン側が何らかの軍事行動を含む報復行為に及ぶ可能性が一段と高まった。この意味で、米国・イラン間の緊張関係は次の段階に移行したと言える。しかし、4日、国軍報道官が「報復はするが、性急な行動は避ける」と発言していることに鑑みれば、イラン側が何らかの報復に及ぶとして、その具体的内容については、イラン体制内部においてすら現在も検討段階にあると考えられる。特に、イランが報復行動に出た際の米側の厳しい対応については、イランも充分承知していると思われる。このため、現時点では、米国・イラン間での「開戦」の危険性を煽る言動は控え、報復の時期、規模、対象の選択肢を冷静に分析・評価することが求められる。実際、イラン体制指導部が米国との戦争を望む旨の発言をした事実はこれまで確認できず、また世界第一の軍事大国である米国とイランの軍事力の間には大きな差がある。一方で、イラン国内におけるソレイマーニー司令官を追悼する様子は、市民の反応や高揚感を見ても未曾有の出来事と呼んでも過言ではなく、イラン側が報復する意志は揺るぎないと考えられる。米側の反応を踏まえて、如何なる報復が適切かについて、現実的な検討がなされるだろう。今後のイラン側の出方については、過去の傾向、各種声明、軍事資源の移動等、多角的観点から慎重に観察する必要がある。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・イラン

イラン:ロウハーニー大統領の訪日」『中東かわら版』No.159

・イラク

イラク:抗議行動と政治不信」『中東かわら版』No.145

イラク:アブドゥルマフディー首相が辞任」『中東かわら版』No.149

イラク:首班指名が迷走」『中東かわら版』No.158

イラク:「革命」の進行と広がり」『中東かわら版』No.162

 

*1月20日の 国際情勢シンポジウム「「自由で開かれたインド太平洋」と中東―港湾開発、連結性、地域秩序への含意―」 では、最新の地域情勢も踏まえて、インド及びイラン人専門家とともに「自由で開かれたインド太平洋」における中東の役割、及び日本の位置づけについて議論する予定です。

(研究員 青木 健太)

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