中東かわら版

№164 トルコ・リビア:軍事・海洋境界合意による東地中海諸国の対立

 2019年11月28日にトルコのエルドアン大統領とリビア国民合意政府(以下GNA政府;首都トリポリを中心に西部を支配する、国際的に承認されたリビア政府)のサッラージュ首相が署名した軍事及び海洋境界に関する協力合意が、ギリシャ、キプロス、エジプト、リビア東部政府の猛反発を呼び、東地中海の緊張が高まっている。

 合意の詳細な内容は公表されていないが、エルドアン大統領は、リビアGNA政府との軍事協力によってリビアの治安は改善し、海洋境界合意によってトルコの「隣国」との海洋境界はトルコ南西沖とリビアのデルナ・トブルク沖にまで拡大される、と述べた。12月19日にはGNAの執行評議会(内閣に相当)がトルコとの軍事協力覚書を承認し、21日にトルコ議会も同覚書を承認した。26日には、エルドアン大統領が2020年1月にもトルコ軍をリビアに派遣すると述べた。

 これら2合意に対して、ギリシャは、トルコ・リビア間の海洋境界合意はギリシャ領海を無視した一方的かつ違法な合意であると強く非難した。トルコと対立関係にありリビア東部政府を支援しているエジプトも、同合意は無効であると非難し、ギリシャやキプロスと対トルコで結束を固めている。GNA政府と軍事的に対立するリビア東部政府は2合意の無効化を求める法的措置を進める姿勢を見せており、東部政府の軍事組織「リビア国民軍」(以下LNA)はトリポリに対する軍事攻勢においてトルコ製無人機や戦車を破壊し、トルコによるリビア内戦への介入を非難している。

 このような東地中海諸国の緊張の高まりに対して、リビア東部政府と緊密な関係を有するロシアも懸念を抱いているようである。12月11日に行われたプーチン・エルドアン大統領電話会談では、シリアの他にリビアが議論されたようである。17日にはロシア大統領府が、トルコによるGNA政府への軍事支援について2020年1月にプーチン・エルドアン大統領間で協議されると発表した。またドイツは1月にベルリンでリビア和平に関する国際会議を主催する予定であるが、メルケル独首相は会議にトルコも招待する旨エルドアン大統領に伝えた。

図:トルコ・リビア軍事及び海洋境界合意を巡る対立

(出所)筆者作成

 

評価

 この時期にトルコ・リビア間で合意が結ばれた要因は、トルコ側、リビアGNA側でそれぞれ存在する。

 トルコ側の要因はいくつかあるが、第一に産油国ではないトルコにとって、人口が増加し続けていることもあり、エネルギーの安定供給は喫緊の課題となっている。ここ数年はエネルギー開発を国家プロジェクトと位置付け、その動きを活発化させてきた。国内ではロシアの協力で原子力発電所の建設が進んでいるほか、ガス田開発では東地中海のみならず黒海にも注目し始めている。

 第二に、周辺国との関係が挙げられる。トルコは、長年対立関係にあるギリシャ、シーシー政権後に関係が悪化しているエジプト、イスラエルなどが、東地中海沖でのガス田開発で連携を強化することを警戒している。そもそも、トルコは、キプロス(ギリシャ領)を承認しておらず、キプロスが、エジプト、レバノン、イスラエルと排他的経済水域に関して合意したことについても反発してきた。既にキプロス島の北側は開発が進められているものの、トルコに近い南側は、ギリシャが開発を目指してはいるが、トルコとの関係もあり未開発地帯となっている。2019年7月からトルコが「調査」の名目で掘削を開始したこの地域は、トルコは北キプロス・トルコ共和国(TRNC・トルコのみ国家承認している)の排他的経済水域の範囲内であると主張しているが、トルコのこの行動について周辺諸国のみならずEU、米国も強く反対し、批判している。今般のリビアとの協力合意は、トルコと対立するこうした国々を牽制すると同時に、ガス田の権益を確保したいトルコ側の思惑も見え隠れしている。

 他方、リビア側では、トリポリにおいて4月から再びGNA派民兵と東部LNAの軍事衝突が続いており、GNAは軍事支援を必要としている。リビアは2011年から国連安保理の武器禁輸措置下にあるが、東西両勢力は違法に諸外国から軍事支援を受けてきた。トルコとの軍事協力合意は、GNAが武器禁輸措置を無視する形で、公式にトルコから武器提供を含む軍事支援を受ける可能性を意味する。

 しかし、この合意は周辺諸国に様々な影響を及ぼしうる。トルコ・リビア間で合意された海洋境界とされる「トルコ南西沖とデルナ・トブルク沖」にはギリシャ領のクレタ島などがあり、ギリシャ領海と重なってしまう。エジプトにとっては、隣国リビアにトルコの軍事力が導入されることは容認しがたく、リビア内戦の火に油を注ぐ可能性もあり、国家安全保障上の脅威になる。

 したがって今回の合意を巡る対立は、東地中海のガス田開発を巡る対立とリビア内戦に介入する諸外国の利害という2つの力学が合わさった結果と言える。今後の緊張関係の推移は、1月にベルリンで開催予定のリビアに関する国際会議でこの合意に関してどのような解決策が提示されるか、またトルコ・エジプト・リビア東部政府に影響力を有するロシアが同合意に対してどのような立場を表明するか、にかかってくるだろう。

                                                                                                                                                                               (研究員 金子 真夕)

(研究員 金谷 美紗)

◎本「かわら版」の許可なき複製、転送はご遠慮ください。引用の際は出典を明示して下さい。
◎各種情報、お問い合わせは中東調査会 HP をご覧下さい。URL:https://www.meij.or.jp/

| |


PAGE
TOP