中東かわら版

№162 イラク:「革命」の進行と広がり

 2019年12月24日、イラクの国会は、選挙法の改正を議決した。これにより、従来は政党名簿に投票する制度の中でサン=ラグ方式と呼ばれる方式をとってきた選挙制度が、個人の立候補を可能とする制度に変更された。また、従来の制度では県を選挙区としていたところ、これも細分化され、単一の選挙区で最多得票の候補者が当選する制度になった。イラクの国会では、非拘束名簿式の比例代表制がとられていたが、有力な政党や選挙連合に属していない候補者が多数を得票しても阻止条項によって当選できない一方、有力な政党・選挙連合の名簿に記載された者はわずかな得票でも当選できたことから、10月以来の抗議行動では選挙制度の改変が重要な要求事項となってきた(2018年の国会議員選挙の制度、争点、結果などについては、『中東研究』533号『別冊・中東研究(2018)』を参照)。一方、アブドゥルマフディー首相の後任の選出については、同首相の辞任表明後様々な選出期限が設定されてきたにもかかわらず、さしたる進展はない。

 また、2019年12月24日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、「イラクではイラン製は時代遅れ」と題し、抗議行動がイランの政治的影響力に対抗するために経済的なイラン製品ボイコット運動の様相を帯びていると報じた。報道によると、イラクは燃料からチーズや牛乳、衣類のような生活必需品に至るまでそのほとんどをイランに依存しており、現在ではイラン・イラク間の貿易規模が90億ドル程度のところ、イラクの対イラン輸出額はその1割にも達していない。なお、イランはイラクにとってトルコに次いで第2位の貿易相手国である。ただし、この報道は、「イラク製品の価格はイランやトルコの製品に対し、時には数倍になるほどに高価である。イラン、トルコの通貨が暴落している中、イラクの製品に競争力のある価格をつけることはできない。」との専門家の見解を報じ、単純なイラン製品ボイコットだけでなく、イラクの国富の流出防止のための国内産業振興も極めて困難だと指摘している。

 

評価

 イラクの国会議員選挙は比例代表制をとり、2014年の選挙からサン=ラグ方式を採用してきた。現在の選挙制度には、25%の女性枠を設けたり、「(宗教・宗派的)少数派」に優先配分する議席を設けたりするなどの特徴もあったが、非拘束の政党・選挙連合名簿に投票する方式をとっていたため、無所属候補が立候補/当選できない、少数の得票の候補が当選するなどの有権者にとっての「わかりにくさ」も非難を浴びていた。今般の法改正の結果、小選挙区制に近い制度が導入されると思われるが、これによって抗議行動参加者が求めるような公正で透明性の高い選挙や議会が実現できるかは、制度の運用にかかっている。

 これまでも指摘してきたとおり、イラクでは首班指名を受けるのは「選挙で最多の議席を獲得した党派」ではなく、「選挙後に形成された院内会派のうち最大の会派」である。そうなると、諸政治勢力にとっては、多大な労力を費やして全国に候補者を擁立し、選挙で最多議席を獲得するのではなく、選挙後の会派形成でキャスチング・ボートを握る程度の議席を確保する方が合理的な行動様式となる。その結果、さほど広くない地域や人間関係の中での「利益誘導とその返礼としての投票」という行動様式が定着し、汚職や縁故主義の温床となってきた。すなわち、どのような選挙制度を採用しようとも、イラク社会の様々な分断を解消し人民全体を代表する政治勢力が主流とならなければ、これまでの抗議行動が要求するような政治は実現できない。

 経済的にも、イラクのような国際収支の収入を石油輸出に頼る国で国際的に競争力のある製造業を育成するのは至難である。それは、石油輸出が原因でイラクの通貨が相対的に強くなり、国内産業が相対的に通貨が弱い国々との厳しい競争にさらされるからである。イランをはじめとする諸外国への経済的依存の問題は、「イラクの国内産業が弱体なのは(政治的にイランに従属する)既存の政治エリートが意図的に産業振興を怠ってきた」と非難するだけでは解決しない問題である。選挙制度、国内産業の振興のいずれをとっても、望ましい結果を得るにはイラク人民自身が制度の設計や導入に限らず、その運用に主体的かつ生産的に参加することが不可欠である。その観点から、現在の抗議行動を名実ともに「革命」として結実されるためには、抗議運動参加者だけでなく、イラク人民全体が思考や行動様式を一段と発展させなくてはならないだろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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