中東かわら版

№158 イラク:首班指名が迷走

 アブドゥルマフディー首相が反政府抗議デモに押されて辞意を表明し、国会が辞表を受理して(2019年12月1日)から、サーリフ大統領が後任の首班指名を行うべき期限とされていた15日が経過した。しかし、サーリフ大統領は首班を指名することができず、かえって国会に対しいずれの会派が首班指名を受けることができる最大会派なのかを明示するよう照会した。イラクでは、2010年の選挙以来、首班指名を受けるのは「選挙で最大多数を獲得した党派」ではなく、「選挙後に議会が招集されるまでの間に形成された会派の中で最大の会派」とされているが、2018年の選挙を経た議会では、最大会派がはっきりしない状態となっている。

 こうした中、バグダード市内の広場を占拠するデモ隊の一部は、サーリフ大統領に次期首相の候補者名簿を提出した。16日付『シャルク・アウサト』は、元閣僚、バスラ県知事、情報機関幹部、判事らが名簿に挙げられていると報じた。ただし、これらの候補者の少なくとも一部については、デモ隊の別の一部が首班指名に反対している。また、イラクの政界では19日が首班指名の期限と認識されているが、クサイ・スハイル高等教育相(2018年の選挙では「法治国家連合」=マーリキー元首相の会派から当選)を候補に擁立する動きも出ている。

 

評価

 首班指名が迷走している原因は、国会の諸会派の側と、抗議行動を行う側の双方にある。既成政党からなる諸会派にとっては、自らの党派の党員や会派構成員を候補として挙げたところで、現下の政治・経済・社会的課題に対処する改革を実行することも、体制を一新する「移行体制」を担うことも極めて難しい。また、既成政党が挙げる候補者は、デモ隊からの非難・拒絶にさらされる可能性が高い。一方、デモ隊の側は、既成の政治家層を否定し、彼らの一掃を主張するだけの状態に甘んじており、自らが新たな政治運動の母体となって諸般の課題に挑む体制を構築できていない。

 デモ隊の一部がサーリフ大統領に提出した次期首相の候補者名簿に挙げられている者は、一部に未確認情報もあるがいずれも宗派的にはシーア派の者と思われる。これは一部とはいえ、体制一新を主張しているはずのデモ隊の側にも「首相はシーア派」という旧態依然の発想が残っていることを意味する。汚職や縁故主義に代表される現在のイラクの政治・経済危機の原因の一端は、宗派を政治的権益配分の単位として利権集団化することにある。こうした行為こそが、閣僚や議員の選任から国営企業をはじめとする諸般の企業活動に至るまで縁故主義を蔓延させている。イラク人民ならば誰もが半ば先天的な属性である地域や宗派への帰属に縛られることなく、政治・社会的義務を果たし権利を享受することこそが現在の危機を脱する上でのカギとなろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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