中東かわら版

№153 アフガニスタン:ターリバーンが中村医師殺害事件への関与を改めて否定

 2019年12月6日、ターリバーン(「イスラーム首長国」)は広報サイト『ジハードの声』において、中村医師殺害事件に言及した「イスラーム首長国と慈善団体」と題する短文の記事を掲載した。『ジハードの声』とは、ターリバーンが自らの意見表明、戦果報告、戦闘員の勧誘、資金・物資調達等を行うための広報・宣伝媒体で、対外発信機能を担う。

 記事の概要は以下の通りである。

 

  • 中村医師は、ナンガルハール州のいくつもの場所で、干からびて、水が無い土地を灌漑し、草も生えない砂漠を緑の土地に変えた。彼は、抑圧され、無力な我々(アフガニスタン人民)のために、治水・農業分野において奉仕した。
  • 多くの人々が、「体制(アフガニスタン政府のことを指すと思われる)」の情報網、あるいはそれに関係する武装勢力が中村医師殺害に関与していると信じている。殺害の種類、及び事件の場所を見れば、この蓋然性はより高まる。最も重要な問題として、この事件はジャララバード市内で「体制」の目が届く中で発生したにもかかわらず、犯人がどうやって、また一体どこに逃走したのかということである。
  • 我々(「イスラーム首長国」)は、アフガニスタンの被抑圧民を支援しようとする慈善団体の尽力を価値あるものと考えている。我々は、これら機関を調整するための独立委員会を構成するとともに互いに協力し合っている。このようにして、自らの人民に対して奉仕することができ、諸問題を可能な限り解決することができる。
  • 「イスラーム首長国」は、教育、保健、農業、商業分野における諸問題からアフガニスタン人民を救済するべく最大限の努力をし、自給自足を実現する所存である。アフガニスタン人に対して私利私欲や報酬の為ではなく協力しようとする国、勢力、個人に対して、我々(「イスラーム首長国」)はただ歓迎するのみならず、支援・協力と保護をする。

評価

 本記事は『ジハードの声』内にある「日々の談話」欄に掲載されたものである。最近、ターリバーンは報道官によるツイッターを通じた発信などを強化しているが、『ジハードの声』は同勢力の中心的な広報・宣伝媒体だと位置付けられる。本記事が掲載された欄は、「イスラーム首長国」、あるいは指導者・報道官の名義が付される公式の「声明」が載る欄とは異なり、ターリバーンが日々の出来事に対して自らの立場を迅速に表明する際に用いられるものである。今回、ターリバーンは、本記事にリンクさせた中村医師の顔写真入りバナーを、『ジハードの声』トップページに掲載した。

 12月4日、ターリバーンは中村医師殺害事件への関与を否定しているが(詳細は『中東かわら版』No.151参照)、今回、改めて自らの立場を明確にした。仮に、ターリバーンが関与を否定する声明を発出したとしても、必ずしもそれを額面通り信じてよいわけではない。ターリバーンが外部からの批判をかわす目的で、治安事件への関与を否定することもある。しかし、近年、ターリバーンは、アフガニスタン国民の公共の福祉に資する開発事業を実施する援助機関を攻撃対象に明示せず、それら機関を管理・統制しつつ、相互に協力する姿勢を示してきた。本記事においてもこれまでと同じ立場を繰り返しているように、これは、ターリバーンが軍事的に優勢であるとの認識のもと、将来的なアフガニスタンの統治に向けて政治・軍事攻勢を同時並行で強化する中、アフガニスタン国民からの支持がなければ自らの目標の達成が難しいことを充分に認識しているためだと考えられる。この観点からすると、ターリバーンが今次事案を率先して計画し実行することは、支持者の獲得には資さず、彼らの活動に肯定的な影響を与えないと言える。その意味で、ターリバーンは関与していないことを広く周知する必要性に駆られたと考えられる。

 なお、中村医師殺害事件は、各地で追悼集会が開かれるなど、アフガニスタンの政府高官から国民一人一人にいたるまで全土で非常な悲しみを持って受け止められている。今回のように、反政府武装勢力ターリバーンまでもが中村医師の献身的な奉仕活動を偉業として称えていることは、同医師の奉仕活動がアフガニスタン国内で幅広い層から感謝されていることを示している。

 

【参考情報】

*関連情報として、下記レポートもご参照ください。

 <中東かわら版>

・「アフガニスタン:大統領選挙前の動向」『中東かわら版』No.102

・「アフガニスタン:トランプ米大統領がターリバーンから交渉の主導権を奪取」『中東かわら版』No.147

・「アフガニスタン:大統領選挙暫定結果を巡る抗議デモの発生」『中東かわら版』No.148

・「アフガニスタン:邦人の被害を含む治安事案の発生」『中東かわら版』No.150

・「アフガニスタン:邦人の被害を含む治安事案の発生#2」『中東かわら版』No.151

 

<イスラーム過激派モニター>【会員限定】

・『ターリバーンが2019年の攻撃開始を宣言』2019年1号

・『「イスラーム国」は中村医師殺害事件に反応せず』2019年13号

(研究員 青木 健太)

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