中東かわら版

№149 イラク:アブドゥルマフディー首相が辞任

 2019年12月1日、イラクの国会は、アブドゥルマフディー首相の辞任に同意した。同首相は、10月から続く抗議行動と、シーア派の指導者であるシースターニー師の見解に押される形で辞任に追い込まれた。抗議行動については、本稿執筆時点で420人以上が死亡し、イラク政府の対応は国際的にも非難されている。

 アブドゥルマフディー首相は、2018年の国会議員選挙後に首相に選任されたが、その後各会派間の調整が停滞し、閣僚の一部は選任されないまま辞任することとなった。『ナハール』紙(キリスト教徒資本のレバノン紙)はAFPを基に、「現時点での最善のシナリオは、次の選挙の新しい法的枠組みを固める移行政府の編成である。この政府を指揮する者は、政治の専門家ではなく新しい選挙の枠組みづくりという任務を果たすことができる者でなくてはならない。また、移行政府の指導者は、(次期)選挙に立候補しないと確約すべきだ」との専門家の見解を報じた。また、この報道は、匿名のイラクの高官が「移行政府編成案を支持するが、移行期間は6カ月を超えるべきではない」と述べたとも報じている。

 

評価

 イラクでの抗議行動は、当初は雇用機会やより良いサービスの提供を要求するものだったが、次第にイラクの政治に対するイランの影響力への拒否や、現在の政治過程の担い手への拒否、そして、現在の政治体制そのものの抜本的改革へと主張や要求が変化してきた。このような要求を満たすような変革を遂げるのは容易ではなく、政治改革の実施はもちろんのこと、新たな選挙の実施も新内閣の編成も見通しが立たないのが実情であろう。

 現在のイラクの政治体制は、2003年のアメリカのイラク侵攻・占領後に導入されたものである。その中では、シーア派(首相)、スンナ派(国会議長)、クルド人(大統領)のような要職の分け合い、諸政治勢力間の全会一致を目指す運営が原則となってきた。また、2010年の国会選挙後の憲法裁判所の判決により、首班指名を受けるのは「選挙により第一党の座を獲得した党派の代表」ではなく、「選挙後に形成された院内会派の最大会派の代表」となった。このような体制では、諸党派は選挙で全国的な支持を獲得して第一党を目指すのではなく、利益誘導を通じて形成した固定的な支持者を確保し、選挙後の会派形成で最も優位に立つことができる程度の議席を得ることの方が合理的な振る舞いとなる。その結果、諸党派は支持者に配分する権益(例えば官庁や公社の職員としての雇用)を確保するため、より影響力や権益の強いポストを奪い合うことになる。また、議会で絶対的な多数はおろか過半数を制する党派すらなくなるため、各党派の離合集散や政策の形成過程で、政治制度の枠外から影響力が行使されたり、「調停役」が招き入れられたりする可能性が高まる。「イランの干渉」や、シースターニー師のご託宣が影響力を持つのはこのためである。

 とりわけ、シースターニー師は2003年以降のイラクの政治に大きな影響力を行使してきた。同師自身はシーア派の法学者として政治干渉を忌避する立場をとるとされているが、アメリカに対し選挙とイラク側への政権移譲の早期実現を迫ったり、2014年に「イスラーム国」が伸張した際にイラク人民に対し武器を取るよう呼びかけたりしたことは、結果的に現在の政治体制の形成と、「悪名高い」シーア派民兵の出現を招いた。

 一方、抗議行動の根本的な原因であろうイラク人民の生活水準の向上は、現在の政治体制とその当事者を一掃しても実現するとは限らない困難な目標である。現在の体制を打倒しても、即座に雇用が増えないことは自明であるし、イラクのように天然資源(特に石油)輸出収入に依存する国は、国際的に競争力のある産業が育ちにくいため、どのような体制でだれが政権の担い手となったとしても産業の育成と雇用の確保が難題であることに変わりはない。また、イラクの有権者の側も、これまで各種政治勢力との間に利益誘導と引き換えの投票行動をしたり、電力消費の合理化政策の導入を頓挫させたりするなどの利己的な振る舞いが目立つ。今後のイラク情勢の焦点は、いつ、誰が首相となるかやどのような選挙が実施されるかではなく、政治体制・産業構造・有権者の意識や振る舞いに至るまで、文字通り「体制一新」ができるか否かであろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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