№145 イラク:抗議行動と政治不信
- 2019湾岸・アラビア半島地域イラク
- 公開日:2019/11/25
2019年10月初頭に発生した抗議行動は、バグダード、及びバスラなどの南部諸都市で続いている。これまでに治安部隊とデモ隊との衝突で300人以上が死亡し、国際的にも非難を浴びている。また、イラクが輸入する食料品などの荷揚げを行うウンム・カスル港も、デモ隊に封鎖されるなどして安定した操業ができなくなっている。今般の抗議行動には、イラク人民が政府のみならず政治エリート全体に強い不信感を抱き、現行の体制そのものへの拒否感が強いという背景がある。中でも、連邦政府のみならず国会や地方自治体に至るまで、有力者がイラク以外の国の国籍や旅券を持ち、イラクの社会や人民の生活を顧みないことは、『中東研究』534号の【大使の見たままに】も指摘している。
現・元職の閣僚らが、汚職の捜査や訴追を受けると外国旅券を用いて海外に逃亡する事例は、2003年のアメリカ軍の侵攻後の現体制が樹立されてから頻発している。中でも、アブドゥルファラーフ・スーダーニー元貿易相、ハージム・シャアラーン元国防相、アイハム・サーマッラーイー電力相の逃亡が著名である。イラクの著名政治家で外国籍を保持している者の主な事例は、下記の通りである。
氏名 |
保有する外国籍 |
主な職歴 |
アイハム・サーマッラーイー |
アメリカ |
2003年-2005年:電力相 |
アーディル・アブドゥルマフディー |
フランス |
2004年-2011年:副大統領 |
アブドゥルファラーフ・スーダーニー |
イギリス |
2005年-2006年:教育相 |
イブラーヒーム・ジャアファリー |
イギリス |
2005年-2006年:首相 |
イヤード・アッラーウィー |
イギリス、レバノン |
2004年-2005年:首相 |
サリーム・ジュブーリー |
カタル |
2014年-2018年:国会議長 |
ナージフ・シャンマリー |
スウェーデン |
2019年6月-国防相 |
ハイダル・アバーディー |
イギリス |
2014年-2018年:首相 |
ハージム・シャアラーン |
イギリス |
2004年-2005年:国防相 |
バルハム・サーイフ |
イギリス(2018年10月に放棄すると表明) |
2004年-2005年、2006年-2009年:副首相 |
ホシュヤール・ジーバーリー |
イギリス |
2003年-2014年:外相 |
ムハンマド・アリー・ハキーム |
アメリカ |
2004年-2005年:通信相 |
評価
イラク憲法第18条4項は、主権に関する職務や高位の治安職務につく者らに、イラク以外の国籍を放棄する旨定めている。それにもかかわらず、大統領、首相、国防相、外相などを務め、訪日したこともある有力・著名政治家の多くが、宗派や民族、党派の違いを超えて多重国籍状態で重要職務についてきた。2018年10月にサーリフ大統領が自身のイギリス国籍を放棄すると表明したが、同大統領が2003年に現体制が導入されて以来、連邦政府やクルド地区政府の要職を歴任していることに鑑みれば、イギリス国籍放棄表明は、イラクにおける政治不信や政治改革圧力、ひいては政争の過程で出た弥縫策やパフォーマンスにも見える。
イラク人民がこのような政治エリートや高官を不適格とみなし、彼らの退場を求めていることが抗議行動の原因の一つとすると、人民の側にも政治家らを退場させた後に、現行の体制を根本的に改める責任が生じる。現在のイラクの政治体制は、アメリカの侵攻・占領を契機に導入され、日本も含む多くの国が支援してきた体制である。その意味で、現在の体制の腐敗や非効率、イラクの世論からの遊離の責任は、政治エリートだけでなく、イラクの支援に関与した諸国や、そうした政治家の振る舞いを許してきた有権者にもあるといえる。
(主席研究員 髙岡 豊)
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