中東かわら版

№142 イスラエル・パレスチナ:PIJの対イスラエル攻撃力の飛躍的向上

 

 イスラーム聖戦機構(PIJ)の軍事部門エルサレム隊は、2019年11月12日から14日の間に行った対イスラエル攻撃の様子と、その際に用いた新型ロケット「ブラーク120」の広報映像を13日から15日の間に計3件配信した。14日付け映像では、被占領地ハデイラに打ち込んだロケット「ブラーク120」の発射映像が収録されている。同派報道官アブー・ハムザの声明によれば、このロケットは今回の攻撃で初めて使われ、既存のロケットを改良したもので完全に手作りだという。映像では、同型のロケットが複数あり、その他の部品も見られる。なお、イスラエル軍は同ロケットの着弾についてコメントしていない。

 今次攻撃の背景には、2019年11月11日夜から12日にかけ、イスラエル軍がエルサレム隊のガザ地区北部司令官であるバハー・アブー・アターの住居を爆撃し、同人を殺害したほか、同組織要員多数を殺傷したことがある。イスラエル軍は、同人が過去数年の対イスラエル攻勢に関して、シリアにいる同組織指導部から指示を受けていたと発表している。同人の殺害を受けて、エルサレム隊は12日から48時間に亘る攻勢を仕掛けた。14日までにガザ地区から飛来したロケットの数は約450発、一部のロケットはテルアビブ北部にまで達した。

 14日5時30分(現地時間)より停戦が履行された。停戦に際しPIJは、イスラエルに西岸地区・ガザ地区での暗殺の停止、ガザ地区境界付近で行われる帰還の行進への発砲の停止、ガザ地区封鎖の解除を要求した。イスラエル側はこれら要求に応じたことを否定している。なお、15日にも2発のロケットがガザ地区から飛来した。イスラエル軍はこれをハマースの行為と判断し、同派の拠点を爆撃した。

 


 画像1:「ブラーク120」を整備するムジャーヒドゥーン

 

画像2:「ブラーク120」ロケットが複数発あることが分かる画像

 

 以下は、エルサレム隊の軍事能力の概要である。なお、ロケットや砲弾の射程距離はPIJ広報動画が主張する爆撃地点から、ガザ地区境界までの直線距離で計測しており、実際の射程距離や性能とは異なる可能性もある。

  • 「ブラーク120」

2019年導入、ガザ地区で製造。

ハデイラを爆撃したと主張(イスラエルはコメントせず)。

射程距離:100km以上(予想着弾地ハデイラ市南端からガザ地区北東端の直線距離はおよそ99km)

(15日付け『タイムズオフイスラエル』紙は、イスラエル南部にガザ地区から飛来した新型ロケットが着弾し、横16m/縦2mのクレーターができた、そのロケットの弾頭の重さは推定300kgと報じた。この報道のロケットが「ブラーク120」である可能性もある)。

  • 「ブラーク100」

2014年導入。ネタニヤを爆撃したと主張。

射程距離:80km以上(ガザ地区北東端からネタニヤ南端の直線距離は約80km)。

  • 「ファジュル5」

2012年にPIJ副司令官アフマド・ジャウバリーの殉教を受けた攻勢「青空」で初めて使用される。

射程距離:50km以上(テルアビブ・ガザ地区間の最短直線距離は約50km)。

  • 「ファジュル3」

射程距離:50km以上(上記2012年の攻勢でテルアビブ南部バト・ヤムを爆撃したと主張)。

  • 「バドル3」

弾頭250キログラム

  • 多連装砲

2007年1月21日に初導入。

2011年、自走式多連装砲に改造。

2012年、S-8ロケット弾を導入。

2012年の攻勢「青空」でベエルシェバを爆撃(飛距離は最低でも30km以上)。

2014年107mmロケット砲導入(ロシア製)、射程距離の20km延長に成功したと主張。

(砲弾はイラン製と言われる)

  • その他の武器

RPG、マシンガン、スナイパーライフル(12.7x99mm弾使用)、AT-14スプリガン(対戦車ミサイル)爆薬、迫撃砲(エジプト経由でリビアから調達)。過去に殉教作戦を実施してきた実績もあるため、そのための人員も含まれ得る。

  • ハッキング能力

2012年攻勢「青空」でイスラエル軍兵士5000名の携帯電話をハッキングしたと主張。

評価

 欧米諸国やイスラエルでは、ガザ地区で活動するPIJやハマースは、レバノンのヒズブッラーやイエメンのアンサール・アッラー(俗称フーシー派)と同様、イランの支援を受けており、イスラエル包囲網を敷いているとの言辞がしばしば見られる。確かに、イスラエル総保安庁は、イランがPIJとハマースを支援しており、同国の武器がスーダン、エジプト、シナイ半島経由でガザ地区に流れていると評価している。また、PIJ報道官アブー・ハムザは今年2月の広報動画において、イランから財政、軍事、訓練の支援を受けていると明言している。さらに、これらの団体は「バドル」や「ファジュル」など同名のロケットを所持していることから、イランの関与を匂わせる。だが、各団体が置かれるヒト・モノ・カネをめぐる環境は異なるため、それぞれの団体はある程度、各自で武器の調達、製造を行っていると考えられる。実際、エルサレム隊の「バドル」はアンサール・アッラーの「バドル」とでは射程距離が著しく異なる。

 今次のエルサレム隊の攻勢において注目すべきは、新型ロケット「ブラーク120」がガザ地区から直線距離で100km以上離れているハデイラに着弾したと考えられることだろう。イスラエルが配備するアイアンドームは、中距離ロケット(70km程度)のロケットの迎撃を想定しているため、このロケットを迎撃できなかったと思われる。今次の攻勢で「ブラーク120」を射出したことには、首都テルアビブ以北を射程に捉えていることをイスラエルに知らしめる目的もあるだろう。14日付け動画①において、同型と思われるロケットが複数個映し出されていることからも、PIJがイスラエルを脅威する意図が伺える。

 「ブラーク120」がテルアビブを跨いでハデイラに着弾したとすれば、イスラエルの安全保障上、無視できない問題ではあるだろう。もっとも、イスラエル軍とガザ地区諸派の軍事能力には、双方が暴力の応酬を繰り広げているとは言い難い程の実力差があるため、ロケットの飛距離が多少伸びたからと言って、その差が縮まるものではない。

 

(研究員 西舘 康平)

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