№139 イラン:ガソリン価格値上げを受けた抗議活動の発生
- 2019イラン湾岸・アラビア半島地域その他
- 公開日:2019/11/18
イランでガソリン価格が値上げされたことを受けて全国で抗議活動が発生している。2019年11月14日、イラン国営石油製品配給会社(NIOPDC)はガソリン価格を値上げすると発表した。同発表によれば、15日から、ガソリン価格は月60リットル(L)まで15,000リヤール/L(実勢レートで約13.2円)、それを越える場合は30,000リヤール/L(約26.3円)に変更された(それ以前は、月250Lまで10,000リヤール/L(約8.8円))。
未だ状況は流動的だが、15日夜から17日にかけて、テヘラン、マシュハド、タブリーズ、シーラーズ、イスファハーン、ニーシャープール、ヤズド、ゴム等、主要都市を含めた少なくとも数十の都市で抗議活動が行われた。当初、抗議活動のスローガンはガソリン価格の値上げへの不満を訴える平和裏なものであった模様だが、徐々に群衆が「ハーメネイーに死を」と叫ぶなど体制への批判にエスカレートした。暴徒化した抗議活動参加者の一部はガソリンスタンド・銀行に放火したり、最高指導者ハーメネイー師の肖像を炎上させたりした他、治安部隊と衝突するなどし多数の死傷者が発生した。現時点で、イラン国内メディアによると死者2名、負傷者複数名と報じられているものの、17日付『BBC』は死者12名、負傷者数百名、逮捕・拘束者1000名以上と報じた。また、抗議活動の激化に伴い、国内ではインターネットが遮断されるなど情報統制が敷かれた。
こうした情勢を受けて、17日、ハーメネイー師は「私は(この問題について)専門的な知識を持ち合わせていないが、三権の長が決定したのであれば支持する」と発言した。また、放火などの諸業は「暴徒」によるものだとして人々に抑制を呼び掛けるとともに、混沌とした状況を利用し治安悪化を企図している者がいるとして、諸外国勢力、パフラヴィー旧王家、偽善者(反体制組織モジャーヘディーネ・ハルグ(MKO)のことを指すと思われる)の名前を挙げた。
また、17日、ホワイトハウスは「イランの人々の政権に対する平和的な抗議を支持する。我々は、デモ参加者に対する殺傷行為、及び、厳格な情報統制を非難する」との声明を発出した。
発生から11月17日までの主な出来事は以下の通りである。
月日 |
出来事 |
11月14日(木) |
NIOPDCが、15日からガソリン価格を値上げすると発表した。 |
11月15日(金) |
ガソリン価格の値上げが開始された。 |
一部地域で抗議活動が発生した。 |
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11月16日(土) |
イラン全土で抗議活動が発生した。 |
経済調整最高評議会(三権の長が出席)が開催され、今次決定に従うよう人々に呼びかけた。また、ガソリンへの補助金を削減し、生まれた余剰金を低所得者層に対する現金による補助金支給に充てると述べた。 |
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一部国会議員が価格値上げを撤回するよう抗議した。 |
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11月17日(日) |
イラン全土で抗議活動が発生した。 |
最高指導者ハーメネイー師が三権の長の決定を支持すると発言した。 |
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ホワイトハウスが平和的な抗議を支持するとの声明を発出した。 |
評価
最近のイラン全土における抗議活動としては、2009年大統領選挙の不正を巡る「緑の運動」、及び、2017年末から2018年初頭にかけて行われた反政府抗議活動(2017年12月30日『中東かわら版』No.146参照)が挙げられる。「緑の運動」では、保守強硬派のアフマディーネジャードが当選した大統領選挙で不正があったと糾弾する改革派勢力が組織的に大衆を扇動し、当時の政治的熱狂と相まって運動が拡散した側面が強くあった。これに比べると、今次抗議活動では、背後に組織化された政治勢力が存在するとの事実は現在のところ確認されていない。また、ハーメネイー師が政府の決定を支持する立場を公にしたことで、同師の指示を忠実に実行に移すイスラーム革命防衛隊(IRGC)・バシージ(IRGC傘下の民兵)をはじめとする治安組織が、主要な抗議活動参加者の逮捕・拘束、私服警官による監視の強化、情報統制等によって事態の鎮圧に全力を挙げるものと考えられる。
他方で、今後も抗議活動が継続する、あるいは、再燃する可能性は排除されない。今次決定により、ガソリン価格は、60L以下購入の場合で1.5倍、それ以上の場合は3倍に値上がりした計算になり国民にとって大きな痛手である。現在、米国による「最大の圧力」政策が続き厳しい経済制裁が科される中、イランは外貨獲得手段を制限され、通貨価値の下落、消費者物価指数の上昇、失業率の増加等に直面し不況に苦しんでいる。これまで耐えてきたイラン国民も限界にきている可能性はあり、予断を許さない状況であることに変わりはない。
今後の焦点は三つあると考えられる。第一に、低所得者層への補助金が開始されるか否かである。17日、ロウハーニー大統領は、深刻な事態を憂慮し、早急に低所得者層への補助金支給を開始するよう指示を出したと発言している。過去の汚職により、国民から政府に対する不信感は根強く、ガソリン価格値上げへの反発につながっている。補助金支給が実行に移されれば、抗議活動参加者が有する不満の低減に役立つと考えられる。第二に、保守強硬派の動向である。ガソリン価格値上げの影響を大きく受けるのは低所得者層だと考えられるが、この層はIRGCやバシージの主な支持基盤でもある。保守強硬派がうまく抑制に向けた働きかけが出来るかどうかは、今後の趨勢に影響を与えるだろう。第三に、今後の米国の動きには注意を要する。対イラン政策の強硬派と目されたボルトン米国家安全保障担当大統領補佐官が解任されたとはいえ、米国の対イラン政策は依然として厳しいままである。米国によるMKOや旧王家等を通じたイランへの影響力行使の有無は、今後の体制の安定性を推し量る上で鍵になる。
(研究員 青木 健太)
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