中東かわら版

№138 シリア:トルコによる侵攻を経た軍事情勢

 2019年10月のトルコ軍によるシリア侵攻は、トルコとロシアとの合意もあり、トルコ軍の侵攻範囲は当初のトルコの主張・計画より狭い範囲にとどまっている。一方、シリア政府軍はトルコとロシアとの合意に沿ってハサカ県のトルコとの国境地帯にも展開を進めている。主な動きは以下の通り。

図:2019年11月15日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

 

凡例

オレンジ:クルド民族主義勢力

 青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

 黒:「イスラーム国」

 緑:シリア政府

緑矢印:シリア政府軍の進路

 赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍

紫実線:30㎞ライン

紫点線:10㎞ライン

赤三角:トルコとロシアとの合意に沿ってシリア政府軍が監視拠点を設置する箇所

 

1.ハサカ県タッル・タムル北西の諸集落でシリア政府軍、「シリア民主軍」とトルコ軍とその配下の武装勢力との小競り合いが続いている。

2.シリア政府軍は、ハサカ県北東端のマーリキーヤ市、アイン・ディーワール方面に展開した。

3.アメリカ軍はシリアから撤退したわけではなく、「油田を「イスラーム国」から防護する」と称してダイル・ザウル県などの油田の占拠を続けている。なお、シリア領に駐留するアメリカ軍の規模は1000人弱であり、トルコのシリア侵攻を前にトランプ大統領が「撤退」を宣言した時点とほとんど変わっていない。

4.2019年11月12日、ダマスカスのマッザ地区にある「パレスチナ・イスラーム・ジハード運動(PIJ)」幹部宅がイスラエルによるミサイル攻撃を受けた。

5.「シャーム解放機構(旧称:「ヌスラ戦線」。シリアにおけるアル=カーイダ)」、「トルキスタン・イスラーム党」などのイスラーム過激派諸派とシリア政府軍との戦闘や、政府軍・ロシア軍による空爆が続いているが、いずれかの制圧地域が劇的に拡大・縮小するような大きな動きはない。

 

評価

 シリア政府軍は、ハサカ県ラアス・ル・アイン市東方からアイン・ディーワールに至る東西約200kmの国境沿いに展開し、監視拠点を設置しつつある。この動きは10月中旬にアレッポ県マンビジュ、アイン・アラブ、ラッカ県タブカ、アイン・イーサー、ハサカ県タッル・タムルのような要衝への展開を実現したことと合わせ、トルコ軍のシリア侵攻を契機に、さしたる政治的・軍事的犠牲を払うことなくシリア政府軍の制圧地域が拡大したものとみえる。

 一方、シリアで活動するアメリカ軍の実態は、「撤退」や「クルド民族主義勢力への裏切り」などの言辞とは程遠いものとなっている。アメリカ軍は、ハサカ県、ダイル・ザウル県の油田を占拠し、兵力の規模も10月以前と比べて大きく変わってはいない。一部では、「シリア民主軍」との共同行動も再開した模様である。ただし、「「イスラーム国」から油田を守る」との名目での活動には、その法的根拠や正当性についてアメリカの国防省内部でも問題視されている。トルコ、アメリカ、ロシア、イランなど、合法・違法を問わずシリア領内で活動する各国軍・部隊が退去することは見込めないため、各国軍の活動や占拠地域が今後の復旧・復興に様々な影響を及ぼすだろう。

 今後の焦点は、ダマスカスやラタキアとアレッポとを結ぶ幹線道路を再開させるために、政府軍がイドリブ県で再度本格的な攻勢をかける時期・規模・場所となるだろう。イドリブ県を中心とする地域を占拠するイスラーム過激派諸派は、10月末から11月上旬にかけて開催された「憲法委員会」はおろか、シリア紛争の政治解決を目指すあらゆる努力を拒絶している。外国人を含む強力な軍事力を擁し、都市や山間部の要害を占拠している諸派の掃討は容易ではなく、シリア政府にとっての重要課題である幹線道路の確保と再開が実現するまでには、時間の面でも人的損害の面でも、相当な犠牲・負担が生じることも予想される。

(主席研究員 髙岡 豊)

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