中東かわら版

№130 シリア:「ホワイトヘルメット」の有力後援者が変死

 2019年11月11日、トルコのイスタンブルの路上で「ホワイトヘルメット」として知られるシリアの救護団体の主要な後援者であるジェームス・レメジュラー氏が死亡しているのが発見された。同人はイギリス軍の元諜報将校で、2014年に「メイ・デイ・レスキュー」との名称でNPOを創設し、2015年にイスタンブルに事務所を設置して「ホワイトヘルメット」の要員の訓練を行っていた。

 レメジュラー氏は、イスタンブル市内の自宅兼事務所のバルコニーから転落したと思われるが、なぜこのような状況に至ったのかの詳細は不明であり、自殺の可能性もある。同人の妻は、同人が睡眠薬を服用していたと証言している。

 

評価

 「ホワイトヘルメット」は、シリア紛争で政府軍などによる攻撃の被害を受けた民間人を救護する「中立の」団体であると主張し、彼らが発信する犠牲者やその救護場面の画像や動画はシリア紛争についての世論に大きな影響を与えた。彼らの活動は、政府による弾圧・虐殺による民間人被害を強調し、欧米諸国によるシリア政府打倒のための軍事介入を促すという、「反体制派」の戦術に沿ったものである。その一方で、「ホワイトヘルメット」が今般死亡したレメジュラー氏をはじめ、シリア紛争の当事国や関連機関によって育成され、その支援を受けていたことも周知の事実であり、「ホワイトヘルメット」の活動や彼らが発信する情報が政治的に偏向しているとの批判も絶えなかった。

 実際、「ホワイトヘルメット」は「シャーム解放機構(旧称:「ヌスラ戦線」。シリアにおけるアル=カーイダ)」が占拠する地域で活動し、同派に従属・迎合しつつ行われていた。そのため、「イスラーム国」が占拠していた地域や、2019年10月にトルコの侵攻を受けたクルド民族主義勢力の占拠地では、どのような「民間人被害」が生じても「ホワイトヘルメット」は決して現れなかった。

 こうした状況の中、「ホワイトヘルメット」などがシリアの戦場から発信する民間人被害についての情報が欧米諸国の当局や世論に与える影響は着実に弱まっており、政府軍がハマ県北部・イドリブ県南部に攻勢をかけた2019年5月から8月にかけて、アメリカ政府の反応は極めて冷淡だった。2019年7月29日付『シャルク・アウサト』紙(サウジ資本の汎アラブ紙)は、アメリカのフォード元駐シリア大使の寄稿文を掲載したが、同元大使は政府軍によるイドリブ県への攻勢を阻止する上でアメリカに期待すべきでないと明言した。また、「ホワイトヘルメット」の構成員やその家族も、政府軍がダマスカス東郊やダラア県を制圧する際に欧米諸国の手引きでシリアを脱出し、欧米諸国に引き取られた模様である(『中東かわら版』2018年No.39)。これは、「ホワイトヘルメット」が、彼らが救護・防衛すると称していたシリア人民を「独裁政権」の弾圧下に置き去りにした上、難民として欧米諸国に入国・定住するのを待つシリア人の長い列を踏み越えて安全地帯に脱出したことを意味する。

 レメジュラー氏の変死は、「ホワイトヘルメット」の素性や彼らの活動への主観的な評価を別としても、シリア紛争への諸当事者の態度や国際的な世論の変化を象徴するものともいえる。

(主席研究員 髙岡 豊)

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