中東かわら版

№127 イエメン:紛争の前線で捨て駒になるスーダン兵

 2019年11月2日、アンサール・アッラー(俗称「フーシー派」)の支配下にあるイエメン政府軍は、イエメン紛争に派兵されたスーダン兵の死傷者・行方不明者が多数に上っているとして、要旨以下の通り発表した。

  •  イエメンに対する侵略に参加して以来、各所でスーダン兵の損害が生じている。当初、スーダン軍の役割は警備だけだったが、サウジが率いる連合軍はスーダン兵を前線へと押し出している。スーダンの体制は、お金を受け取ってスーダン兵を傭兵のようにして戦闘に従事させている。一方、他の諸国は航空機や艦船の派遣や、限定的な参加にとどめ、多くの国々は地上戦に参加していない。
  • これまでのスーダン軍の死傷者数は8000人近くに達している。また、そのうち4253人が行方不明者である。
  • イエメン人民はスーダン人民を評価・尊重しており、それ故スーダン人民に対し、イエメンに派兵し続けることの価値を問わなくてはならない。いったいどれだけの数のスーダン兵の遺体が、適切に母国に送還されただろうか?連合軍はスーダン兵をどのように取り扱っているだろうか?行方不明者が多数に上っているのは、多くの遺体が送還も埋葬もされていないからではないのか?

 

 なお、スーダン軍はイエメン軍が発表した死傷者数を「根拠がない」と否定したが、自らの戦死者数を発表しなかった。

 

評価

 イエメン紛争に参加している連合軍各国の損害は、各国の軍・国防省が時折発表する数値が断片的に報道に採用されるだけで、損失の全容は明らかになっていない。アフガン戦争やイラク戦争の際には、各国の発表を取りまとめてネット上などで公表する運動も現れたが、イエメン紛争に関してはそのような動きも見られない。連合軍の損失に関する正確な統計が公表されないのは、連合軍に参加している諸国のほぼすべてが権威主義体制の国であり、当局にとって都合の悪い情報や報道を検閲・封殺しようとする体制であることが一因だろう。また、いまや戦争目的も、それを達成するための計画と手順もあいまいになってしまったイエメン紛争で、展望もないまま多数の死傷者が出ていることは、権威主義体制の諸国といえども人民の不満を高じさせる要因として無視できないだろう。そうした中、連合軍参加国の中で最も経済状況が悪い国の一つであるスーダンが、より富裕な国の人的損失を肩代わりする役回りを演じている模様である。

 スーダンでは、2019年春に人民の抗議行動によってバシール大統領が失脚したが、サウジは暫定当局にいち早く経済援助を与え、スーダンは現在もイエメンへの派兵を続けている。本件は、サウジ、UAEと対立関係にあるカタルの広報を担う『ジャジーラ』が大きく取り扱ったが、カタルと同局の政治的立場に鑑みると、イエメンにおけるスーダン軍の損失がスーダン国内でどの程度重視されているのかについて軽々には判断できない。しかしながら、外交場裏でも報道場裏でもさほど注目されないまま損失だけがかさんでいるイエメン紛争の現実が極めて深刻であることは否定しようもなく、スーダン軍の損害もそうした深刻な現実の一端である。

(主席研究員 髙岡 豊)

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