中東かわら版

№126 イラン:米国による経済制裁への対応

 2018年5月に米国がイラン核合意(JCPOA)から単独離脱して以降、米国は「最大の圧力」政策を掲げイランに対する経済制裁を強化した。経済制裁は現在まで継続しており、一向に弱まる兆候は見られないばかりか、最近になりさらに強化されている。

 その一方、現在、イランは域内諸国との経済関係拡大、原油輸出の一部継続、並びに、経済大国との条件付き融資の検討などを通じて、米国からの経済制裁に抵抗する姿勢を示している。下の表は、断片的ながらも、最近のイランの対応に関連する動きをまとめたものである。

 

表.米国による経済制裁への最近のイランの対応に関連する動き

国名

時期

主な動き

アフガニスタン

5月22日

アフガニスタン鉱工業・石油省報道官は、アフガニスタンはイランからの石油輸入を今後も継続すると発言した。

イラク

10月6日

ラフマーニー産業・鉱山・貿易相は、昨年度のイラン-イラク間の年間貿易量は120億ドル(約1兆3000億円)だったとした上で、2021年までに200億ドル(約2兆1700億円)に増加させる計画と発言した。

オマーン

10月21日

モウネサーン文化遺産・観光・伝統工芸庁長官はマスカットでオマーンのマフリジー観光相と会談し、医療観光の促進について協議した(ヒジュラ太陽暦本年1~4月のイランへの医療観光旅行者総数は60万人で、昨年一年間の合計を越えた)。

シリア

9月25日

テヘランにてイラン・シリア経済閣僚委員会(イラン側:イスラーミー道路・都市建設相、シリア側:ガーニム石油相)が開催され、経済、投資、生産、石油、石油工業部門での戦略的協力強化について協議した。

10月23日

イラン・シリア合同貿易委員会会頭は、今後3カ月以内にイラン貿易センターがダマスカスに開設される見通しだと発言した。

トルコ

9月16~18日

アンカラで第27回イラン・トルコ合同経済委員会が開催され、両国は年間貿易量を300億ドル(約3兆2600億円)に増加させることで一致した。

中国

10月16日

中国の石油タンカーは追跡装置を消した上でイラン産原油の輸入を一部継続している。

フランス

9月3日

石油収入を担保として150億ドル(約1兆6000億円)を限度額とする融資の開始を条件付きで検討している(『中東かわら版』No.88)。

EU

1月31日

円滑な金融取引のための特別事業体Instrument for Supporting Trade Exchanges(INSTEX、人道支援物資(食料、医療品、等)を取り扱う)を設立した。

ユーラシア経済連合(EAEU)

10月1日

ロウハーニー大統領はEAEU会合で、イラン・EAEU間の貿易協定を締結予定と発言、EAEU加盟国(アルメニア、カザフスタン、キルギス、ベラルーシ、ロシア)へイランへの投資を呼び掛けた。

10月6日

ヴァエジー大統領首席補佐官は、イランはEAEU加盟国との経済取引を10月27日から開始する、第一段階としてイラン産品502品目を特恵関税で輸出する、と発言した。

(出所:公開情報を元に筆者作成)

 

 また、10月22日、ジャハーンギーリー副大統領は、イランの本年度上半期(ヒジュラ太陽暦1~6月)の輸出量(石油、非石油製品含む)は前年同期比22%増だったと発表した。

 

評価

 米国による経済制裁の影響を受け、イランのマクロ経済の状況は確かに厳しい。本年5月に8カ国に対するイラン産原油禁輸措置の適用除外が撤廃され(『中東かわら版』、No.21)、歳入の柱の一つであった原油輸出は激減した。国際エネルギー機関によると、2018年4月時点でイランの原油輸出量は240万バレル/日だったが、2019年9月には26万バレル/日まで落ち込んだ。また、自動車をはじめ製造業分野においても、昨年6月頃からフランス企業などが二次制裁を恐れて撤退した。直近の10月28日には、ムニューシン米財務長官が訪問先のイスラエルで、「(今後、イランに対する制裁を)どんどん強化する」と明言しており、今後も厳しい経済情勢は続く見込みである。また、上の表に挙げられた各種取り組みは事態を改善させ得るものだとはいえ、どれ程の実効性を伴うのかは予断できない。イラン貿易促進機関「2018年度報告書」によれば、イランの非石油製品の輸出相手国として、イラクは第2位(全体に占める割合18%)だが、トルコは第4位(11.6%)、アフガニスタンは第5位(同6.4%)、オマーンは第11位(同1.4%)、シリアは第15位以下(不明)であり、これら諸国との貿易拡大が損失分を補填できるかは未知数である。今後、悪化するイラン経済が、国民生活にさらなる深刻な打撃を与える可能性はやはり排除されないだろう。

 その一方で、イランは、地域別では近隣・域内諸国との経済関係拡大に向けた取り組みに、分野別では非石油製品の輸出、サービス産業(医療観光、等)の拡大に向け努力する様子がうかがえる。JCPOAを巡っては、フランス、EUと条件付き融資枠設置やINSTEX開始などの協力関係を模索しており、イランがまったくの無策というわけではない。加えて、制裁による経済状況の悪化が直ちに政情不安につながるかというと、必ずしもそうは言えない部分が残る。確かに、米国は、モジャーヘディーネ・ハルグ(MKO)等の反体制勢力を背後から支援し、現体制を弱体化させようとの思惑を有すると見られるが、イラン国内では反体制運動の機運が醸成されているというよりは、むしろ保守派が台頭しているのが現状である(『中東分析レポート』2019年4号)。イランの今後の安定性を見る上では、国民の不満とそれを支持する動きのみならず、最高指導者ハーメネイー師の意向を汲み、忠実に任務を遂行する保守派の動向を充分に考慮に入れる必要があるだろう。

 なお、10月25日、米国財務省は、イラン向け人道物資の輸出入に関する新しい手続きの設立を発表した。このメカニズムは、イランに輸出される人道物資の適切な使用と透明性の確保を目的として開始されたものだと説明されている。ただ、米国財務省は外国政府・財務機関に対して膨大な量の情報の事前提供を求めており、これが障壁となって円滑な人道物資の提供が滞る危険性がある。食料・医薬品の貿易はイラン国民の生活に直結する事項であることから、今後、米国が人道物資の輸出入までも厳しく規制するようであれば、イラン国内の強い反発を招き、両国間の緊張が更に嵩じる可能性がある。

(研究員 青木 健太)

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