中東かわら版

№120 レバノン:反政府抗議デモが拡大

 2019年10月17日から、ベイルートなどレバノン各地で大規模な反政府抗議デモが行われ、18日、19日、20日にも連日デモが行われた。抗議行動が始まった当初は、レバノン人民の生活水準の低下、政府が導入を試みたSNSでの会話に対する新規課税に対する抗議・反対運動だったが、次第に現在の経済的苦境を招いた政治指導者達への抗議へと転換した。デモ隊の一部は「革命」、「体制打倒」を叫んでおり、破壊行為や治安部隊との衝突も発生している。こうした状況を受けて、日本を含む各国が抗議行動の場に近寄らないようにとの注意喚起や渡航の再考呼びかけを行っている。

 18日には、アウン大統領が抗議行動参加者らの代表と会見したが、代表らは現政府の退陣と危機管理内閣の組閣、国会議員選挙の早期実施を要求した。一方、ハリーリー首相は事態打開に2020年度予算案の提案を急ぐ方針で臨み、予算案作成に当たり現職・元職の元首・閣僚・国会議員の給与引き下げ、通信部門の民営化、電力部門の包括的改革、新たな課税や手数料の賦課を行わない、などを提案した。予算案もこれらの提案も、閣議での採決、国会での審議・議決が必要である。

 

評価

 今般の抗議行動は、党派(≒宗派)を超えて若者らが抗議行動に参加したとして、レバノンとしては珍しい事例と受け止められている。レバノンでは、ラフィーク・ハリーリー元首相の暗殺、レバノン駐留シリア軍の撤退があった2005年以後政治が混乱し、国政上の重要問題への取り組みが著しく遅れていた。2014年~2016年にかけては大統領が空位となったほか、本来2012年に行われるべき国会議員選挙も、選挙制度をめぐる対立などから2018年にようやく実施された。大統領選出、組閣、国会議員選挙に続く国政上の課題は予算編成だったが、これが遅れたことにより、経済危機が深刻化していた。予算が編成されない年度は、前年度の予算を踏襲する暫定予算が執行されてきたが、それが連年続くことにより、財政赤字の深刻化、生活水準の低下を招いていた。レバノンの財政・経済を支援するため、フランスを中心とする国際的な支援会合が開催されてきたが、2020年度予算の編成や行財政改革は支援国からの要求事項でもある。政治・経済的問題への対処が遅れたことにより、1991年に内戦が終結して以来長らく1ドル=1500レバノン・ポンドで安定していた為替相場が、1ドル=1600レバノン・ポンドに下落する異常事態も発生していた。

 現在の抗議行動は、レバノンの政治・経済の停滞を招いた既存の政治家たちを非難しているが、これがデモ隊が唱える「革命」や「体制打倒」に直結する可能性は低いと思われる。レバノンでは、宗派ごとの人口の推計に基づいて宗派を単位とする政治的役職や権益を配分する「宗派体制」と呼ばれる不文律が採用されているが、これに沿うと政治的には全会一致を追求せざるを得なくなるため、あらゆる重要決定は遅れがちだった。また、この制度に基づく役職・権益の配分が、国家元首、閣僚、国会議員にとどまらず司令官をはじめとする軍の幹部、高級官僚、中央銀行総裁などの人事にも及んでおり、こうした権益配分のあり方こそが抗議行動の批判の的となっている政治・経済の停滞、汚職の根本的原因である。従って、現政府の退陣、国会議員選挙の前倒しなどにより既存の政治家たちを一掃したとしても、既存の党派や政治的権益配分の単位としての宗派を超克した政治運動が「宗派制度」に代わる新たな体制を担わなければ、混乱と停滞が一層深まることにもなりかねない。

 

中東かわら版(2018年104号

中東かわら版(2018年14号

中東かわら版(2016年117号

(主席研究員 髙岡 豊)

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