中東かわら版

№109 イラク:デモ隊と治安部隊との衝突で死者

 2019年10月1日、2日、バグダードやイラク南部の諸県でデモ隊と治安部隊が衝突した。これを受け、イラク当局は無期限の外出禁止を布告した。『ロイター』、『AFP』は、状況を要旨以下の通り報じた。

  •  治安部隊がデモ隊に対し実弾・催涙弾を発射し、1日に2人、2日に5人(うち2人は警官)が死亡した。デモ隊は、汚職をしている者の問責・失業対策を要求し、グリーン・ゾーンやバグダード空港に突入を試みた他、幹線道路を封鎖したり、役所の庁舎・政党事務所を焼き討ちしたりした。
  •  イラク当局は、2019年6月以来一般に開放していたグリーン・ゾーンを再度閉鎖するとともに、ナーシリーヤ、アマーラ、ヒッラなど南部の諸県に外出禁止令を布告した。また、2日よりイラク各地でインターネットの接続が遮断され、facebook、twitter、インスタグラム、ワッアップが使用できなくなった。これにより、利用者の場所を隠蔽する仮想ネットワークを利用しなければインターネットの使用が困難になっている。なお、他の地域とは別のネットワークを使用しているクルド地区では、引き続きインターネットの使用が可能である。
  •  アブドゥルマフディー首相は「平和的でない攻撃者、意図的にデモ隊に死者が出るよう仕向けた者たちとの対峙」で自制と責任感を発揮して能力を示した治安部隊を称賛する声明を発表した。これに対し、政治家やデモの支持者から非難のコメントが殺到した。なお、2日夜にはサドル潮流のムクタダー・サドル指導者が支持者に対し、「デモを支援するためのゼネスト」を呼びかけた。

 

評価

 イラクでは、抗議デモやデモ隊と治安部隊の衝突、デモ隊による政府施設への突入などは珍しいことではない。デモには、電力・水道の需給が逼迫する夏季に発生するもの、政争を繰り返す諸政治勢力の一部が動員するものなどがあるが、今般のデモは特定の勢力の動員によらずに発生した模様である。上記のサドル派のゼネスト呼びかけのような形で既存の政治勢力が便乗するように抗議行動に合流するならば、今般のデモもイラクの政情での「お決まりの」光景となっていくことも予想される。デモ隊は汚職や失業に抗議しているが、イラク政府は約1年前にアブドゥルマフディー首相が就任したものの政争のため依然として組閣が完了しておらず、諸問題に抜本的な対策をとることができるかは心許ない。諸般の政治勢力や社会集団の間での「全会一致」を重んじる一方で、効率的な意思決定や政治勢力や政治家に対する選挙を通じた懲罰・問責を阻害する現行の政治制度も、イラクの政治・行政の停滞・非効率を招いた重要な要因である。

 また、汚職や行政の非効率は現在の政府や閣僚を責めればよい、という問題ではなく、イラクの政治と社会の末端に至るまで蔓延している問題である。公務員や民兵の人件費の水増し、社会保障費の不正受給、脱税のような問題が山積している。これらも含めて、汚職を根絶し、効率的な政府・行政を通じて失業などの社会経済問題の解消を進める過程では、イラクの社会や個人がどのような権利を享受し、どのように義務を果たすか、という政府と個人との関係が問われるあろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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