中東かわら版

№107 シリア:最近の軍事情勢

イドリブ県と周辺の戦闘は小康状態だが、国連総会閉幕などの国際情勢を受け、シリア軍が新たな攻勢を準備中との情報がある。また、トルコが設置を主張している「安全地域」について、シリア人100万人を「移住」させる計画であるなど、より具体的な計画が判明しつつある。一方、クルド民族主義勢力が収容している「イスラーム国」の女性構成員や、シリア・イラク間の国境について注目すべき展開があった。

図:2019年10月1日時点のシリアの軍事情勢(筆者作成)

凡例

オレンジ:クルド民族主義勢力

青:「反体制派」(実質的には「シャーム解放機構」と改称した「ヌスラ戦線」や、「宗教擁護者機構」などのイスラーム過激派)

黒:「イスラーム国」

 

緑:シリア政府

 

赤:トルコ軍

赤点線内:アメリカ軍

 

1.ハサカ県ハサカ市東方のフールでは、クルド民族主義勢力が主力でアメリカ軍の支援を受ける「シリア民主軍」が、「イスラーム国」の女性構成員らを収容するキャンプを設置している。フール・キャンプには難民などが約7万人収容されており、シリア人・イラク人とは隔離された状態で約1万2000人の「イスラーム国」構成員(女性4000人、子供8000人)が収容されている。ここで、「イスラーム国」の女性構成員らが「秘密の法廷」を設置し、「イスラーム国」の思想に反した者を刺殺した事件が発生、クルド治安部隊が介入し、数十人を逮捕した。なお介入に際し「イスラーム国」構成員とクルド部隊との間に銃撃戦が発生したとの情報もある。

 2.シリアとイラクとを結ぶ国境通過地点(アブー・カマール⇔カーイム)が再開した。同通過地点は、2017年末に「イスラーム国」から解放されて以来軍用の通行のみだったが、今般5年ぶりに民間・通商用の通行も可能になった。

 

評価

 フール・キャンプでは、収監された「イスラーム国」の女性・子供の外国人構成員が更生のための措置も、出身国への送還も、現地での裁判・懲罰もされないまま、社会から孤立して「イスラーム国」の影響に囚われた不健全な生活を送っていることが問題視されてきた。本来、これらの者たちはシリアとイラクの当局によって裁判や懲罰を受けるべきであるが、欧米諸国をはじめとする「イスラーム国」の構成員の送り出し国は、シリア政府の正統性を否認するだけでなく、「イスラーム国」に合流した自国の国籍保持者とその子女の引き取りも拒んでいる。イラク当局にとっても、「イスラーム国」の構成員でもイラク国内での犯罪に関与したわけでない者を積極的に引き取り、裁判・懲罰することは難しい。また、キャンプを管理するクルド当局は、「自治」を称するものの民兵が既成事実として領域を占拠している存在に過ぎないため、彼らが収容下の「イスラーム国」構成員の命運を決定するのはさらに難しいだろう。フール・キャンプの状況を改善したり、問題を解決したりする方策についての諸当事者間の協議や連携は進んでおらず、この問題は「イスラーム国」の構成員の送り出しを長期間黙認した挙句、同派の災禍とその後始末をシリアやイラクの社会に押し付けるという、送り出し国の無責任な態度の当然の結果ともいえる。

 シリアとイラクとの国境通過地点の再開には、両国間のヒトやモノの移動を促し、交通路沿いの経済的な復旧・復興に不可欠な措置としての意義がある。特に、ユーフラテス川沿岸の地域は「イスラーム国」に長期間占拠され激しい戦闘の舞台となったことから、通過地点の再開を経済だけでなく社会的な地域の復興に資するものとすることが求められる。ただし、アブー・カマール⇔カーイム間の道路(N4)はシリアとイラクとの往来という観点から、図中の点線で示したタンフ⇔ワリード間の道路に比べて往来の規模や開発の程度が劣る存在であり、両国間の往来本格化のためにはタンフ⇔ワリード間の通過地点の再開が不可欠である。しかし、タンフはアメリカ軍の占領下にあり、アメリカが現在の状況下でのシリアの復旧・復興に貢献する意志が全くない以上、こちらの再開は全く期待できない。

 シリアと周辺諸国とを結ぶ道路には、シリアだけでなく国際的な政治・経済関係の面からも重要性がある。例えば、シリアとヨルダンとを結ぶ道路(M5)は、トルコやレバノンとヨルダン、アラビア半島とを結ぶ幹線道路で、ここでの往来が順調か否かはレバノンとヨルダンの経済状況にも直結する。ただし、ナシーブ通過地点は2018年秋に再開したものの、その後シリア・ヨルダン間の貿易が停止したため、同通過地点はヨルダン在住のシリア人の帰還や、個人レベルでの往来のための機能しか果たしていない。

 シリアとイラクとの道路の再開にも、レバノン(ひいてはヨーロッパ)とイラクとの往来の再開という意義があるが、それ以上にイラクの背後にはイランが位置している。イラン・イラク・シリア・レバノンが陸路で結ばれることは、イランを封じ込めようとするアメリカが阻止しようとしていたことだが、アブー・カマール⇔カーイム間の通過地点再開によってこれが実現し、順調に機能するようならば、アメリカ軍がタンフを占拠する意義は著しく低下する。また、イスラエルはアメリカ以上にイランによるイラク・シリアへの進出と軍事拠点の構築を警戒し、ユーフラテス川沿岸地域やイラク東部でも空爆を実施していると考えられている。今後、各国の往来を阻止・妨害するためにイスラエルの軍事行動が激化する可能性もあり、これは「イスラーム国」にとって格好の援護射撃ともなりうるため、警戒すべき点だろう。

(主席研究員 髙岡 豊)

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